懺悔
母にハワイに行こうと誘われたのは六月のこと。
京都に一緒に行ったあとすぐの頃だったと思う。
「お姉さんが喜ぶわよ、行こうよ」
母の従姉妹と姉と3人、私が追加となると人数も4人でちょうどいいらしい。
京都で母とつつがなく二泊三日をこなした直後だった私は自分はもうすっかり大丈夫といい気になっていたのかもしれない。行ってもいいかなという気になっていた。
「行こうかな」
これまで何度と誘われようと頑として断ってきたのが、どうした気まぐれか行ってみようかと思ったのだった。
これができたら、もうわたしはだいじょうぶ。
どこかで拒否しているのをごまかして、頑張ればいける、これさえ乗り越えたら怖いものがなくなる。
荒療治をして自分のなかの心の弱いところを克服してしまおうと思っていた。
「いく?行こう!お姉さん喜ぶわ」
「先生がいいって行ったらね」
慌てて保険をかけるが聞き流された。
そこから急展開だった。パスポートが切れているので申請し、母のテンションは、「お姉さんが楽しみにしている楽しみにしている」といわれ、あの服を着て行くといい、このパーカを持って行きなさいと母のテンションはあがる。
「ハワイがあるんだから、体調くずさないでよ、頼みますよ。お姉さん楽しみにしてるんだからね」
旅行は11月だと言うのに今からそう言われるたび
「先生のお許しがでたらね」
とやんわり圧を押し返していたがだんだん苦しくなってきた。
ハワイの本を持ってきて「行きたいところを研究しておきなさい」と言われたとき
「あんまりあそこ行ってここ行ってって想像して盛り上がると自家中毒になるから、考えない。いいよ、持って帰って」
と返事をしたときにはっきりと自覚してしまえばよかった。
乗り気じゃないんだと。
行きたくないんだと。
京都旅行で乗り越えたと思っていたのに。
先週、横浜に従姉妹の個展を一緒に見に行って丸一日行動を共にしたときも、やっぱり大丈夫な気がしたのに。
彼女が張り切れば張り切るほど、私はハワイ旅行が怖くなる。
ぐおーっ!グオグオグオーッ!誤魔化しきれない!
昨日の夕方、15の頃からの友達に電話をし洗いざらい話した。
「明日、検診で病院に行くんだけど、先生に行ってはいけないと言ってくださいと頼もうと思っている私を許してくれる?」
許す。やめたほうがいいよ。トンちゃん潰れちゃうよ。先生に全部話してダメだとういことにしてもらいなよ。
自分ファーストがいいよ。
それでも罪悪感が消えない。
もはや、行きたくないんだ。嘘をついてまで行きたくないのだ。
そのずるさと、消えていない母への苦手意識に直面して自己嫌悪になる。
そして今日。
恥を晒して打ち明けた。
母への葛藤をよく知っている先生は聴きながら顔を曇らせ「嫌な流れですねぇ」と呟く。
「まどろっこしいんですが、結論から言うと先生、行ってはダメと言ってもらえないでしょうか!」
「ダメです!」
にっこり笑いながらの即答だった。
「よかったあぁぁぁ」
「ちょっとそれはやはりリスキーで危険でしょう。急ぎすぎる」
思わず泣きそうになった。泣かなかったが。
同時にそんなに嫌だったんだと自分でも驚く。
「そうですね。じゃあなんにもないとアレなんで今日、取り敢えず採血しておきましょう。それで細かいこと説明することにしましょう。今日はリスキーで危険だからダメだと言ってください。私が責任持ちます」
ホッとして力が抜ける。
・・・ホッとしたのだった。
落ち込んでいる。
落ち込んでいる。
結局思ったほど強くなっちゃいない。成長しちゃいない。
成熟していない。
でも、前とかろうじて違うのは、そんな自分を嫌いになってこの世から消えてしまいたいとは思っていないこと。
消えるものか。
この情けない私のまま、生きていく。
きっと時間が可決してくれる