ホッとケーキで
息子が弱気になりかけている。
俺は大手企業なんかは受けない、自分が本当にやりたいことを仕事にするんだ。
いいんじゃない。自分の悔いのないようよく考えて決めれば。
親父は大手の企業のほうが安心だみたいなこと言うけど、俺はサラリーマンにはならない。
いいんじゃなーい。
それがいよいよ三年生の春になり学校でもダイレクトメールでも就活生として揺さぶられると、だんだん現実の生活と照らし合わせる事項が多くなる。好きだけで選んでも、その好きはずっと保つのか。給料は。残業は。ボーナスは、休暇は、社風は。そして、自分の可能性ってどこにあるんだ。そもそもあるのか。ああ、おれ、就職できんのかなあ・・・。
心が弱り始めると風邪をひく。
「なんか、喉がものすごく痛い」
今朝5時。アルバイトに行く息子に久し振りに朝食を作った。
「それ、俺の?」
「そだよ」
ホットケーキ。冷蔵庫のポケットに使いかけがいい具合に半量残っていた。
箱の裏の言うとおり、卵一個に牛乳90mlを入れてダマがなくなるまでしっかり混ぜる。すくった生地を高いところから落として丸く丸く。中温でじっくりフツフツ穴が開くまで焼いて、ひっくり返して。
柔らかいやさしい薄茶色。甘い粉と玉子の香り。
ひとつ。ふたつ。みっつ。
バターと貰い物の国産蜂蜜を特別にたっぷりかけてしんぜよう。
「ほれ、これと牛乳、飲んどき」
「おお、喫茶店みたいや。なんで今日ご飯作ってくれたの?」
「それはだな。ホッとさせてやりたかったからだよ」
「なんで」
「ホットケーキでホッとする。母さんのホットケーキでホッとする」
「・・・・なんじゃそりゃ」
「ホントはその蜂蜜をなめさせたかったんだよ、その蜂蜜高いんだぜ。喉に効くから。スプーンで舐めてけって言ってもそういうの嫌がるでしょ」
しっとり蜂蜜のかかったのを、確かに喉にビリビリくる、これ、効くなと納得しながら食べていた。
「なんか、いい感じだわ、だいぶよくなった」
そんなすぐに効くもんか。よくなったんなら良かった良かった。
元気が出てくると、就職に怖気ずくのも薄れるもんだ。だいじょぶだいじょぶ。
ホントはそっちの元気を出して欲しかったんだよ。