譲れぬ
「あぁ、お寿司食べたい」
息子が突然呟いた。
「来月、お寿司食べに行くよ」
今週末の日曜に20になるお祝いに、来月、義父と母と一緒にお寿司屋さんで食事をすることになっている。誕生日当日は夫がどうしても帰ってこられれないので、月を持ち越しての企画となった。姉は翌日から台湾旅行だということで夫、息子、私と、5人での会食の予定になっている。
義父には、まだ話していない。あんまり早くから言って、間近になって夫が仕事の都合で戻って来られないと、がっかりさせてしまう。月を越してから連絡しようと考えた。
「外じゃなくてウチで食べたいんだよ」
「だってお義父さん、ここに呼ぶと、気を使うんだよ。おばあちゃんもつい、自分が迎える側になって仕切っちゃうし」
「だって俺の誕生日だろ。なんで俺の誕生日にばあちゃんやじいちゃん呼んで、緊張しながら食べなくちゃなんないんだよ」
「一応、成人しましたっていう、ご報告と感謝の意味を込めて・・」
「だって俺の誕生日だろ、やだよ、なんで2人呼ぶんだよ」
「そうやって機会を作って一緒に食事しないと、お爺ちゃん、いつも1人だから寂しくなっちゃうじゃん」
「一人暮らしだと寂しいのっ?」
「・・・じゃぁ、試してみようか。」
「なにを」
「数日、1人暮らし。私、どっか泊まってくるわ」
「なんだよっつ、なんでお爺ちゃんまで呼ばなくちゃなんないんだよ、俺の誕生日に」
カッチーン。
「・・・。じゃ、俺の誕生会はやめる。ちょうど11月は25年目結婚記念日もあるから、そっちにするよ」
「じゃ、俺、行かなくてもいいね」
「どうぞ」
・・・・・。
それから私は、ホットミルクに青汁と蜂蜜を入れ、ゆっくりゆっくり飲み、全部のみ終えたところで
「おやすみ」
8時半だったが、静かに二階に上がった。
私は怒ると静かになる。グオーっと荒ぶった感情に任せて口を開くと、暴言を吐きそうになる。それを避けるためなのか、すーっと頭の温度が下がるのだ。
今朝、朝から不機嫌で喧嘩腰なのは息子の方だった。
俺は悪くない、機嫌をとれ、と言わんばかりに、やれ、トースターの中でパンが焦げているだの、ご飯はまだかだのと小うるさい。
「気がついたなら、自分でパンぐらい出せばいいでしょう」
こっちも負けない。動じるものか。
「熱っつ。アッチーよ、これ、・・・まったく・・」
無視。
昨夜の残りのグラタンと、トマトとブロッコリーと牛乳をお盆に乗せて、洗濯物を干し始めた。
綱の引っ張り合い。ここで緩めると、負ける。ぐらついてはならぬ。威厳だ。
母の怒りが本気だと察知した息子は1人、ぶつぶつ言いながら、テーブルについた。
「いただきます」
「・・・はい。」
「パン、美味しい」
「それは良かったね」
洗面所から洗濯物を干し終わって戻ってくると、テレビで昨日、歌手がコンサートをドタキャンしたと報道していた。思わず、見入る。
「それ、予定していた人数、客が入らなかったから契約違反だって取りやめたらしいよ」
息子がネット情報をいう。
「ウッソぉ。体調が悪いとか、そういうことじゃないの?発作とか。心配されないように契約って言ってるんじゃない?ドタキャンなんて、イメージ悪くなるのわかってるはずじゃん、あれだけのスターならさ」
ゴシップ報道につい、母の威厳もぶっ飛ぶ。
そこを素早くキャッチして、息子はベラベラと話し出す。以前もこういうことあったんだって、病気なら病気っていうでしょ、その方がイメージ的に悪くないし。
「今日の午後はワイドショーが大騒ぎだわ。ドトールとか行ってる場合じゃないわ」
「母さん、今日、家にいる?」
「いるよ」
「アマゾンから代引きが届くんだけど、これで受け取っておいてくれる?」
3006円を持ってきた。
ちょっと待て。
「一夜明けて、もう一度確認しよう。君は本当に、来月のお寿司にお爺ちゃんを呼んで欲しくはないんだね?」
「呼んでいいよっ」
「いいよ、とな?これまでお年玉や図書カードをくれたり、ご馳走してくれたりしてくれたお爺様を、呼んでもいい、とな?」
「呼んでくださいっ」
今週末は、家寿司で「俺の誕生日祝い」してやろう。