お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

2番じゃやだ

単身赴任で夫が家を出た時、息子は大学合格が決まった入学前だった。

そのころは「親父キモイ」といいながらも毎年二人で、春の劇場版コナンを観に行くのが恒例となっていた。

小学生の頃からコナンが大好きになり、全巻自分のお小遣いで買い揃え、自分でも漫画を書き、アニメは毎週録画し、映画があると父さんと二人で観に行ってパンフレットとポップコーンを買ってもらう。

反抗期になっても、コナン映画だけはついていく。

何しろ、チケットも、パンフレットもグッズもお金を出してもらえる。

夫は夫で、映画は観ずにすぐ寝るくせに、愛する息子とのコミュニケーケーションが嬉しくて毎年楽しみにしていた。

高校三年までのその甘い思い出を、夫は当然今もそうであろうと今年も息子にラブコールする。

しかし、浦島太郎じゃないけれど、息子はこの2年の間に当たり前ではあるが成人し、バイトで収入も得るようになっている。

「おい、コナン、行くか」

「行かねえよ」

「チケット買っとくか、バイト、休み、いつだ?」

「毎日バイト入っているんだよ、休みあっても行かねえし」

釣れない返事にめげもせず、むしろ、つれなくあしらわれることすら嬉しいらしく、まとわりつく。

今朝、息子バイトで夫婦二人の午前中

「息子とは別にトンさんとも映画見に行こうよ」

「いいよ。1日にお医者さんに行くからその後待ち合わせようか」

「そだね。映画終わった後、この前のところでお寿司とか食べようか」

これまでそんなこと言われたことがなかったので、一瞬びっくりして返事に間があいた。

「あ、そんなことしたら息子がひがむかな、そこまでは無しにしよっか」

「あの子はそんなことで僻まないよ。もう大人だし。でもなんか美味しいお惣菜買って家で食べるのでもいいよね」

「ウンウン、そうしよう」

夕方バイトを終えた息子が、疲れた疲れたと入浴剤を買って帰ってきた。

「今日はしっかり疲れをとっておこうと思ってな。明日から3連で、1日休みでまた3連だからな」

すると夫がすかさず

「1日、休みなの?」

ブルンブルン尻尾を振って息子に寄っていく。

「・・だからぁ、行かないって言ったろ?観に行くとしても一人で行くからな」

あえなく撃沈。それでも嬉しそうに「行くだろ、行くだろ」と小躍りしながらまとわりつく。

そこで私も言ってみた。

「あ、じゃあさっき私を誘ってくれたのは保険だったのね。私と行こうって言っていたのも、1日だったじゃない。息子が一番で私は保険だったのか。そうか、そういうことだったのね。傷ついたわ。」

「あ、いや、トンさんとはまた別に行くよ。」

「でも二番目なんでしょ。息子を誘うとき、私の方は後でどうとでもスケジュール調整すればいいやって瞬時に思ったんでしょ。とにかく息子は今がチャンスと思ってさ」

「なんだ、モヤジ、そんなことしてんのか、それはいかんな。あれだな、二兎追うものは一兎も得ずだな。いかんな、そういうことをしては。ますます俺は一緒に行かない」

「私ももういい。拗ねた。一番じゃないなら行かない」

息子と妻に責められ慌てる夫。

「違うもーん、そんなんじゃないもーん、父さん、みんな大好きだもん」

「母さん、悲しむな。あんな男のために。気にするでない」

違うもーん、どっちとも行くんだもーんといいながら、やっぱりほっぺを光らせ小躍りする51歳中年男子。