未知のボタン
9時ごろ、寝室でまだ寝るわけでもなく、ゴロゴロベッドに転がっていたら家の電話が鳴った。
近頃は怪しい電話も多くかかってくる。「俺たちや親しい人なら直接携帯にかけるから常に留守電にしておけ」との指示のもと、我が家の電話機は常に留守電モードになっている。
鳴ってるなと思ったらすぐに切れた。夫かもしれないと、自分の携帯を手元に寄せると既に二回の着信記録が付いている。
あれ、いつだ?
と思う間も無く隣の部屋で息子が誰かとなにやら話し始めた。
「なんだよ。知らねえよ。・・・だろ。・・・だし・・・ないし・・やだね・・ダメだし」
そして私の部屋のドアがバンと空いて自分の携帯を差し出す。
「オヤジ。母さんにかけたけど出ないって。変わってくれって」
要件は4月からの勤務地が確定したことと、引越しの日取りが決まった事。
「了解致しました。はい、では。おやすみなさい」
電話を切って息子に返す。
「なんでいつも俺の携帯で二人が話すんだよ。母さんに電話したけど出ないっていってたぞ」
「そうなんだよ。なんでだろう。みんなが私に電話しても出ないって。ちゃんと繋がるときもあるんだけど」
設定がなにかおかしいのかと、iPhoneの設定アプリのサウンドを確認しようとしていると
「ちょっと見せてみ」
息子にもっていかれた。今、設定を・・と説明しているのをよそにヒョイと側面のボタンを見て、あ、やっぱり、これだわ・・と呟いた。
「これ、このボタン。ロックかかってんの。これをこっちにやると、音が鳴らないの。いわゆるマナーモードみたいなもん。」
それは、音量を調節する二つの出っ張りの横にある小さな突起のことだった。上下に動き、片方に寄せると赤い表示がでる。これは一体なんだろうと、いじくって上げ下げしたものの、結局なんだかわからず、まあいいやと放っておいた。
どうやらそのまあいいや、の放っておいた状態があいにく、サウンドロックにする方だったらしい。
「なに、これ、やってると繋がらないの」
息子が試しに自分の携帯からかけて教えてくれたところ、あちらには普通に呼び出しのコールは聞こえているのに、こちらでは着信音が鳴っていないという事態が生じていたことがわかった。
映画の時などはこれを使えばよかったのだ。私はいつも電源を切っていたというのに。
「どうりで、母さんなかなか電話でないと思った。」
「だから父さん、いつも家の電話か息子にかけてきてたのか。そういえばいつも、今どこにいるのって聞いてたけど、そのせいかぁ」
「留守電にしといて、それじゃ、意味ないじゃん」
確かに。
小さく気になっていたモヤモヤが解明された。これからはパパッと素早く出てやるぞと、今、待ち構えているのだが、まだ、どこからもかかってこない。