縄張り
息子の部屋に洗濯物をおきにいったら、床に本屋のビニール袋が落ちていた。
中を覗くとたくさんの本のカバー。お店でつけてくれるものだ。私はカバーはいらない。よほど、こんなの読んでるのを見られたら恥ずかしいと思うような、哲学書だったりハウツー本でない限り、いらない。
むしろ、カバーをつけたまま本棚に入れると、なんの本だかわからなくなって読まなくなってしまう。
息子は違うという。
どんな本であれ、電車や学校で自分の読んでいる本が周囲に知れるのは嫌なのだそうだ。
読んでいる間はカバーをつけたまま持ち歩き、読み終わったらカバーをはずすらしい。
その読み終わって外された書店のカバーが、きれいな折り目のついたまま、たくさん入っていた。
ちょうど今朝の「あさイチ」で、生ゴミを捨てるときに新聞紙などの紙に包んでゴミ箱 に入れると、臭いが気にならないとやっていたので「これはいい」と、拾って降りてきた。
そのまま流しの前に引っ掛けて洗濯物を干していると、朝食を下げにきた息子がそれを見つけた。
「これ、どこから持ってきた?」
「あなたの部屋の床に落ちてた」
「俺んだろ」
「ゴミかと思ったんだもん」
「ゴミじゃない、俺んだ、勝手に捨てんなよ、だいたい俺の部屋にあるものはみんな俺のものだ、勝手に捨てんなよ」
おっしゃる通り。反論できない。
「ごめん。じゃ、持って行って。今持ってきたばかりだから」
「中に、なんか入れた?」
「入れてないよ。汚してない」
本当になにかに使うあてがあったようだ。危なかった。これからは夫と同じように、どんなわけのわからない、どう見ても不要と思うものでも触ってはならない。
いかにも、忌々しそうにブックカバーが入った袋を外し、持って上がって行った。
と思ったら、ぐるっと廻って洗面所から
「やっぱりこれ、いらない、捨てる」
と戻ってきた。
瞬間、私は強気になる。
「いいよっ、持っておいきよ。使ってください。綺麗なままだからちゃんと、使っください」
「いや・・やっぱ、使わない・・・」
「でもゴミじゃないんでしょ、持って行って」
「いや、ゴミだった・・・」
「ゴミじゃないっ、ダメ、認めない」
「じゃ、いいよ、今、自分の意志で捨ゴミだと判断して捨てることにした」
もはや20歳と49のくだらない意地の張り合いである。
「これからは息子の部屋で蜘蛛でもなんでも、虫の死骸をみつけたとしても、そのままにして置いておく」
「やめて。捨ててください。虫は。虫は捨てて」
「いや、悪かった。確かに君の部屋にあるもの、全て君のものだ。つい、子供扱いをして申し訳なかった。金輪際、放置する」
やーめーてー。
絶叫にちかい雄叫びを聞き「勝ったぜ」と喜ぶ母。
それでも。やっぱりあの部屋のものは、例え右から左に移動させるだけだとしても、もう触るのはやめようと決意する。
彼が主張したのはそれがゴミかゴミでないかではない。
そこは俺の縄張りだということなのだ。