ひとりの宴
先日、どうにもこうにも具合が悪く、当日になってキャンセルし、予約を取り直した。
不調は相変わらずだが、今日は歯医者に行くには行けた。だが、その治療で歯肉を削られ、またしてもぐったりしてしる。
治療でやっていただいたのだから、削られたという、やられてしまったという表現は先生に対して公正でなく申し訳ない。正しくは、思いがけず、そのようなことになってしまった、である。
できあがってきた被せ物をいざ、はめようとしたら、肉が盛り上がって、挟み込んでしまい、おさまらない。やってもらいながら私も、ギュウッと押されるたびに「やけに痛いな」と思っていた。
「ごめんなさいね。きちんとしたものを作りたいからもう一度、型どりをしますね。それから、少しお肉、削らせてくださいね」
太っちょで、穏やかな若い男の先生は、優しい口調で気の毒そうに言う。きっと、私がドタキャンなどしたから、その間に肉がモリモリと上がってきてしまったのだろう。仕方ない。やるしかないんだから。
「お願いします」
その場で何本も麻酔がうたれて、ギュイーンという音がしはじめた。なんにも感じない。痛くもなんともない。
長い長い時間、口を開けているのが辛かったくらいで、治療はおわり、病院をでた。
それでも、なんかすごいことをしたぞという、そしてよく耐えたという興奮と、麻酔からのフワフワ感とで、自分に「ヨシヨシ今日は特別だぞ」というご褒美をしてやりたい。やっぱり今日のアレはすごかった。
病院側のスーパーで買い物をして、そこから迷わずタクシーを捕まえ帰宅した。冷蔵庫に買ったものを雑に放り込むと、ベッドになだれ込む。
暗い部屋で目を閉じていると、バイト仲間と出かけた息子から「悪い夕飯いらない」のラインが入った。神様からの「休むのじゃ」という愛のメッセージに見え、甘い気分に包まれまた眠る。
麻酔が覚め始め、疼く傷を感じつつも、なぁんにもしなくていい夕方のゴロ寝の至福。
8時近くになってムクリと起き上がり、冷蔵庫から鶏胸肉と白和え、缶詰の鮭の水煮に大根おろしと酢醤油、おからにヒジキ、献立もバランスも見栄えもなく、ただ、本能的に食べたいものを並べて食事にした。
我ながらそれでも食べるのだから強いのぅとおかしくなる。
1人の宴をいいことに、テレビの前に陣取り、手元にiPhoneを置き、大画面でYouTubeを観ながら食後にアイスクリームを二つ食べた。
ジンジンとする左の顎下と、オレンジ色のライトの薄明かりの中のYouTubeとアイス。
なんともいえない甘美な夜。