羊羹はなかったが
おかえり。
・・・。トンさん・・・。
言わんでいい。見ればわかる。
ごめん〜会社の…。
机の下に置きっぱなしなんだね。
申し訳ないっ。
夫は置いてきてしまった。虎屋の羊羹。薄々そんな予感もしていた。
日曜の朝、食べようと楽しみにしていたが、消えた。
歯肉の一件は誰にも話していない。夫も息子も聞けば「大丈夫か」とその瞬間は本気で心配してくれるが、そこを過ぎれば、忘れられてしまう。
言うと、つい、優しくされるのではと期待する。話したのに素っ気なくされると大事にされてないようで悲しくなる。
言わなけりゃ、ふふふ。オマエら知るまい、実は私は身体が絶不調なのに何食わぬ顔していつも通り家事をしてるんだぜ、と優位な気持ちに酔いつつ頑張れる。
厄介な心理である。
「じゃ、先に寝るね」
おぬしら知らんだろうが私は病人なのだと、二階にあがり、ベッドに入った。
ぐったりだ。全部使いきった。もう動けない。
そこで気がついてしまった。夫のシーツをセットしてしてない。
・・・・・・。
しらばっくれるか。・・・いや、一泊しかしないのに、マットレスに直に寝かせるのはあんまりだ。奴はきっと、気にもとめずそのまま寝るだろう。いいのか、そこにつけ込んで。人としてどうなのか。
・・・あーっもう!
ヨタヨタふらふら立ち上がり、納戸に行き、シーツを取り出しセットする。
シワを伸ばそうと、引っ張ったら、よろけて頭から床に転んだ。
ゴンッ!
「イッテェ〜」
思わず一人、声を出し頭を抱える。腰も打ったのですぐ立てない。半ばヤケ気味にそのまま床に転がっていた。
ドドドドドド。
一階から夫が駆け上がってきた。
「どした?トンさん?トンさ・・・あ、どした!大丈夫?」
床に伸びている妻に驚いた夫に答えた。
「シーツをかけてたら転んだ」
「なんかすごい音したよ。もう、いいから、寝なさい、もう、こんなの、いいから」
起こされベッドに潜り、寝た。
おやすみ。
おやすみ。
歯医者を黙っていてもゴンで飛んできた。
子供のようにホクホクして目を閉じる。