お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

寝る直前に

昨日の夜、早く寝ようと9時半に二階に上がった。

息子の部屋に「おやすみ」と声をかけようかと思ったその時、気配を察知したのか急に顔を出した。

「もう寝るの?」

「うん。眠い」

「ちょっと見て欲しいものがあるんだけど、ちょっとだけ」

そういって一旦、自分の部屋に引っ込みまたすぐパソコンを抱えて出てきた。

「この英文、ここ、これあってるか見てよ」

お断りしておくが、私は決して語学優秀でもなんでもない。中学までは英語は得意科目だったが、そこからあとは授業についていく程度の勉強しかしていない。大学を出てからは放置だ。

母を過信するのはやめていただきたい。

「わからないよ、大学生の英語なんて」

「ちょっと、ちょっと確認してくれればいいから」

強引に寝室に入って私のベッドにどかっと座る。しぶしぶ、私も隣に座った。

「どれ」

「これ」

目を通すと、合っているような気がするが、確信がもてない。それに単語も、もはやチンプンカンプンだ。仕方がないので息子のプリント片手に、単語を調べつつ見る。

「いいと思うけど」

「だよな」

前のページをパラパラめくる。

「そっちは関係ない。こことは関係ないとこだから」

結局、私には間違いは見つけられず「いいんじゃないの」としか言えなかった。

「ま、だいたい、何言ってるか、意味わかるよな、これ」

メディアの授業なので英作文の文法より、主旨が伝わっていればいいという課題だから大まかでいいんだと言って本人は納得した。

「じゃ、眠いんだったよな」

「はい」

「おやすみ」

そう言って部屋を出て言った。

 

不思議と幼稚園の運動会の前日を思い出した。

その夜、いつものように「おやすみ」と灯りを消そうとするときになって

「心配で寝られない」

と息子が情けなさそうな声で呟いた。

聞くと、明日の徒競走、スタートに自信がないという。

幼稚園で何度も練習をするのだけれど、ヨーイ、ドンっとなったとき、いつも出遅れてしまうという。

「ドンって聞こえてから走るんだけど、みんなそれより先に走ってるんだよね」

明日、大勢の前でまたそうだったらかっこ悪くてどうしよう。そう思うと心配で寝られないと言うのだ。

「じゃ、練習しよう、今から」

息子をベッドから起き上がらせて、部屋の中で、「位置について」の構えをさせる。

「ヨーイ・・・って言ったら、ドンのド、が聞こえたら走り出すくらいでちょうどいいんだよ、やってごらん」

何度も何度も、夜の子供部屋で二人、練習をした。

「そうそうそうそう。できるようになってきたじゃん、もう大丈夫だよ。なんとなく、わかったでしょ」

「うん」

ほら、もう安心して寝なさい。もしかしたら明日、一等賞かもよ」

ベッドによじ登り、布団をかぶった息子は、そこからストンと眠りについた。

翌日、本当に一等だった。

 

あの晩の、ホッとしたような、安心したような、嬉しそうなあの笑顔はたぶん、この先もずっと忘れないだろう。

同じように今夜の二人で「ああでもない、こうでもない」と英文を読んだことも、いつか思い返す日がくるのだろうか。