トラの母親
息子が昨日11時に帰ってきた。無事帰宅したのを確認して、私は寝る。
9時過ぎると眠くて起きていられない身としてはこの時点てすでに限界を超えている。
「お腹空いてないからご飯いらない」
なんでもいい。わたしゃ眠いんだ。
英語の授業を初級か中級か、上級かどれを取ろうかと相談ともつかぬ呟きのように言い始めているのを「背伸びしない方がいいよ」と残し、二階に上がった。
「母さん、母さん・・・」
う。今何時・・。
「ちょっと聞いてくれ」
教授が授業で使うテキストをクラウドからダウンロードするようにと公共のIDとパスワードを生徒全員に教え、銘々、自分のレベルにあったテキストを入手することになっているのだそうだ。それをやりかけてはたと、心配になったそうだ。
「このサイトの説明をよく読んだらさ、クラウドに端末からアクセスすると、データが自動的に同期されるから気をつけるようにって書いてあった」
・・・言ってる意味がわからない。教授が授業に使っているクラウドなんだからなんの問題もないじゃないか。
「・・で?」
「だから、俺のアイフォンが端末だろ、アクセスして、あっちに俺の写真データとか流れたら・・」
「んなわけないでしょ、先生のIDなんだから。君のデータはAppleのクラウドにアクセスしたとき同期されるんでしょう」
「だって俺、データは端末保存してるんだ、先生のIDで入っているから俺の端末が先生の端末と区別つかないだろっ。ダウンロードするってことはクラウドに繋がるんだからそのとき流れるかもしれないだろっ」
どうしたらそうなるんだ。 Microsoftのそのクラウドは私も使っているが、他者が本人のデータにアクセスしたくらいで、情報が漏れることも侵入してきたことは一度もない。この場合端末というのは、ID本人が認証した、個人のタブレットのことだ。生徒一人一人の携帯がアクセスしたくらでそれぞれのデータが流れ込んできたら、先生の方が迷惑だ。それを説明するが、息子は思い込んだら最後、「だって、なんでだよ、違うよ、この場合」とだんだん声を荒げて自説を曲げない。
「そんな危なっかしいものならこれまでトラブルが起きてるでしょ、大丈夫だよ」
情けない。極度の心配性というか、妄想というか。何が情けないって、守りに入るあまりに外部のとの接触を例え教師であろうと疑うという、そこ。
こんな話、夜中に母親を起こしてまですることだろうか。大学2年の男子が。そんな戯論こそ、学校で誰かとしてきてほしい。心を開け、息子よ!
眠いのと、あまりにバカバカしさに腹立たしいのとで
「知らないよ。寝かせてくれっ。とにかく大丈夫!」
といって布団をかぶると敵もその仕打ちにムッときた様子で、バタンッとドアを締め、なんだよっと怒りながら降りていった。
勘弁してくれヨォ。
クラスのグループラインもおっかなびっくりだったが、ちょっと度を越している。
私の何かが悪影響を与えてああなったんだなぁ。。。
落ち込みながら目を瞑るが、今度は悶々としてしまった。
今朝。リビングに降りていくと、あれからそのまま一階で寝落ちしたようで、いつものように床に息子が転がっていた。
何を怖がっているんだ、息子よ。
私におおらかさが足りなかったのか・・病んでいたときの私の暗さの影響だ・・。
腹立たしいのはたぶん、自分の至らなさを突きつけられているような気がするからだろう。
母親が死にかけたり鬱になったりしたとき、彼に与えてしまった不安の後遺症だとしたら、責任を感じる。今の息子には、それこそまるで小学生の子供が不安がっているのを諭すように辛抱強く、もう一度説明してやった方がいいのか。
私も今日、もう一度調べてみようか。
朝風呂に入り、食事をしながらまだ、「大丈夫だよな、俺の連絡先とか写真とか」と繰り返しているのを聞かされているうちに先ほどの思いもぶっ飛ぶ。
「知らないよっ。これ以上、私に聞かれても大丈夫だという意見しか言えない。もし、それに納得できないのなら、自分で学校で同じ授業受けているだれかに、こういうこと有り得ないよなって聞いてみればいいじゃん!」
いつまでも家庭内で、母親と解決してやっていくわけにはいかない。いつかは、外の誰かと情報交換をしてやっていくことを覚えないと。
これは虎の親が子虎を突き落とす、そのときのあれ、なのだ。
「本当にこれ以上言いようがないよ。これだけ言っても心配なら、誰かに聞いてごらん、私は何を言われてももう、ここまで」
息子はまたムッとしてふてくされたまま出て言った。
窓に立ち、その姿を見送りながら、心の中で自分に言う。
子虎子虎。子虎のとき。
・・・!
息子は寅年だった!