お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

強い私に会う

久しぶりに一人の時間ができた。

今日は姉が休日なので母は私のところには来ないだろう。息子はアルバイトに行った。

洗濯物を干しながらもトイレを掃除しながらも、気はそぞろ。

早く終わらせて、外に行こう。

久しぶりに歩こうか。本も読みたい。メモも書きたい。

これと定まらない。でも、一人時間を自分だけのために使いたい。

体は疲れているのに、やはり、外に行こうとするのは、まだ、「ちゃんとした日にしないとどうにかなってしまう」という焦燥感が残っているから。

いつかは、落ち着き払って家の中で自分を発酵させることができるようになりたい。

自分の家を海の底にしたい。

潜って潜って潜って、海の底にいる自分に会いに行く。

それをこの家の中でできたら。

あぁでもそれは、ついこの前までやっていた引きこもりと同じことか。

じゃぁ、外に出ようとするこの現象は先生のいう「いい方向にいってると思いますよ」ということにつながっているのか。

 

いいえ、むしろ、今のまんまのtonさんがいいのです。

いつかコメントにいただいた言葉に思わず泣きそうになった。

今のまんまの方がいい。ずっと誰かに言われたかった言葉だったのだと、現実にそう言ってもらって気がついた。丸ごと、肯定された気がして、ホッとして涙が滲んだ。

今のまんまでいいはずなのに。まだそれが自分に浸透していかない。

まるで檻がなくなったのに、遠くに行こうとしない象みたい。

 

まぁさ。それが今の私のまんまなんだな。

それもいいか。今は途中、途中。ずっと途中。

今の今日の、この時間だけ、向かい合おう。

 

ドトールで、マインドメモを書いた。

真ん中に自分の主題を書いて、そこから派生的にどんどん、その場の思いつく発想を書いていく。

書けば書くほど、出てくる出てくる。不安と妄想。

そこから一本の線を引いた。

で、それが本当に起きたとして、どうする?

そこからまた線を引く。

「辛い嫌な思いをする人間関係になったら、深追いしない」

「新しい自分で、また新しい仲間に出会う」

「それなりに暮らす」

「それなりに心がほんわかする日があるに決まってる」

たくさん、眠ってた強い私が呟き出して物を言う。

さぁ。くるなら来い。

まだ何も起きてないけど、そんな気になる。

くるなら来い。

 

まだ何も起きてないのに。

妄想の不安だっていうのに一人、ドトールでメモを書きながら鼻をフガフガさせて熱くなる。

いい一日になった。