花の刺繍と乙女77
母のところに生協の牛乳を届けにいくと「あ、ちょっと待って」と呼び止められ、二階に上がっていった。
「あなたに渡そうと思ってたのがあるのよ」
白地に細い黒の横線が入った七分袖のカーディガン。裾には可愛らしいタンポポだかマーガレットだか、そんな平面的な花の刺繍があしらわれている。
「これなんだけど」
「?・・・可愛いじゃない」
「そう?なんか可愛すぎちゃって、お姉さんがおかしいっていうから。いらないのよ。あなたにあげようと思って、着ない?」
どうやら気に入って買って着たものの、姉のダメ出しにあい、すっかり魅力が失せてしまったらしく、もう着たくない服と格下げになってしまったようだ。
新品のそのブラウスは、ぶっ飛んでいる母らしくて、いい。彼女は素っ頓狂な内面が馴染むのか、大人しくシックな服よりは、こういったちょっと弾けたデザインのものの方がしっくりくる。
姉は母には母親らしい格好をしてもらいたいのか、母親が派手な格好をすると嫌がる。今回もまた、眉間にしわを寄せて意見をしたのだろう。
「私には似合わないよ。好きだけど、こういうの。私は上半身貧弱だからガボガボ浮いちゃって、余計貧相に見えるよ」
ぶっ飛んではいるが、どこか可愛らしいそれは母にはよく似合っている。
「いいじゃない。試しにこれから美容院に行くなら着てってごらん。おかしくないよ。今着てるそういうシンプルなズボンの上に気負わず着ればいいのよ」
「だっていい歳して誰もこんなの着てないもの」
よく言う。いい歳してあれもこれも、やってくれるじゃないか。
「いいのよ。まさか今更、誰か他の人になろうとしてんじゃないの?キャラを変えようと。いいのいいの。いまのままで。ぶっ飛び婆さんらしくて可愛いよ。今日、着ておいき」
そお?じゃぁ着てく?
袖を通し鏡の前に立つ77歳。
裾の花の刺繍こそが気に入って買ったに違いない。
「可愛いよ」
「そう?おかしくない?じゃあ、着ていってみるか」
こういうところは、可愛い。