友好条約
母さん、猫のフン、始末したの?
え?知らない。
さっき玄関脇に猫の糞があったのが、今見たら無いから。母さんが掃除したのかと思った。
知らない。そんなのあったの。
あいつ、約束破りやがったな。
いや、彼はそんなことはしない。きっと新顔か迷い猫だよ
彼と言うのはいつも天気がいいとうちの庭に日向ぼっこにくる野良猫。ここに越してきた頃、この土地がもともとは猫の集会所だったらしく、いつも庭に来て嫌がらせのようにフンをしていった。母は怒って何万もする超音波の機械を庭中に設置して追っ払おうとした。すると、人間には聞こえない耳障りな周波数の音のせいで芝生には足を踏み入れないのだが、塀の上からじっとこちらを睨んで見ている。
あぁ怒っているんだな。あとからやってきて、我が物顔で追っぱらいやがって。もともと俺らの場所なんだよ、ここは。猫にも表情があるのがはっきりわかった。
それから私は自分の庭の方だけ、超音波の電池をこっそり抜いた。彼はまたすぐ、庭に入ってくるようになった。
「ねぇ。庭にいてくれるのは全然構わないから。いつでも好きに出入りして。でもお願いだからフンだけはしないで。頼むよ。あれ、強烈なんだもん。あと、餌はあげられないんだ、ごめん。それでよければいつでも来てよ」
猫は人間の言葉がわかる。その信念のもと、彼が姿を見せるたびにそうお願いした。
初めは私が窓に近寄るとさっと逃げていたのが、次第に立ち止まりじっと振り向くようになり、やがて本当におしっこもウンチも無くなった。しまいには、天気のいい日は私が部屋にいても窓のすぐ下で昼寝をし、庭の芝生の上でお腹をゴロンと上にして日光浴までするようになった。
「ほら。やっぱり話せばわかるんだよ」
小学生だった息子と二人で喜んだ。
その彼が今になってまたそんなことするわけがない。
「あ、じゃあ彼、この辺のボスだから新入りに注意してくれてるかもよ」
そう言うと息子は
「やっちゃったな!あーぁ、お前、やっちまったな!あの家はダメなとこなのに、あぁあ!やっちまったな!」
猫が新入りに言ったであろうセリフを言って笑う。
「じゃあ、さっきのフン、そいつが慌てて自分で捨てに来たのかも」
まさか。
「え?なになに?あそこ、やばいの?知らないよ、しちゃったよ。やべえやべえ」
思わず若い新入り猫が戻ってくる様子を想像してしまう。
「咥えて?まさか!」
「やっべえやべえ、撤去撤去」
今朝、沈丁花の花咲く庭に白い雪がふわふわと落ちる。
「この雪の中、猫たちどうしてんだろうな」
「きっと雨宿りはここって決めてある場所があるんじゃない?日光浴はうちっていうみたいに」
どこかで丸くなってしのいでいるのかなぁ。