お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

ヨシヨシ

早朝、と言っても7時だが、雪かきをした。

庭から門に行くまでの通路確保と家の前の通りを掻いた。お向かいのおばさんと二人、妙な仲間意識が湧いて、二人が納得行ったところで作業を終えた。

息子は休講となった。昨夜渋谷で帰宅難民になりかけ恵比寿まで周り、50分ほど雪の中でタクシーを待ち、ヘロヘロになって帰ってきた。それでもタクシーにありつけたのは幸運だったと思う。やっと車に乗れたとラインが入ったときには、思わず一人「神様お父さん、ありがとうございます」と手を合わせた。

東京の雪は大騒ぎである。

昨夜、母が来て「スコップをあなたの家に立てかけておいたから、明日やってよね。ご近所の手前、ちゃんとしないと」と言う。抜かりはない。ちゃんと雪用の軽いものが我が家の倉庫に用意してある。さっき、それを取り出せなくならないよう、玄関の中に入れておいたばかりだ。

「私、やるから。スコップ、うちのがあるからいいよ、玄関、見ておいで。もう置いてあるでしょ」

母は、あら、うちのはお父さんが昔買ってくれた、ちゃんとしたのなのよっ、とむくれたが、それは鉄製で貧弱な私には重すぎるのだ。いいから見てよ。と行かせた。

「あら、これでもまぁいいわね、いいわ、これで。で、この白いビニール袋はなに」

午前中、私が買ってきた例の息子の雨用の靴の入った袋を目ざとく見つけた。

「息子のだよ。明日、休講になればいいけど、一限でテストだから買っといた」

「甘やかして。そうやっていつも甘やかすと男の子ダメになるわよ。テストなら仕方ない。私がやると年寄りのお婆さんでみっともないから、あなた、やんなさいよ」

はいはいはいはい。わかったわかった。気をつける気をつける。帰ってくれ。

と、心の中でつぶやき、にっこり笑って、追い返した。

手伝うと約束した息子は、起きてこない。声をかけたが起きない。

あの靴を万が一、返しに行くとなると、息子の雪仕事の靴は・・などと考えているうちに、いいや、やっちゃおとなり、庭に出て、結果的にはお向かいのおばちゃんと交流を深めつつ作業をした。

サービスとして、母のところの縁側から新聞受けまでと、出社する姉が玄関から門まで歩く道を作っておいた。

家に戻り、風呂を洗っていると、母が入ってきた。

「あれ、やったの、あなた?」

「そうだけど」

ありがとね、を期待した。甘かった。

「一人でやったの、バカじゃないの、息子くんこの雪じゃ、休みでしょ。やらせなさいよ。起こして。そうやっていつまでも庇っていると、本当にダメな男になるわよ、お姉さんもそういってるわよ、あなたは旦那にも息子にも甘いって。だいたい・・・」

「はいはいはいはい。わかったわかった。もういいから。はい、はい、はい」

今度は声を出してそういった。

あぁ。一瞬でもほのかな期待をした自分が気の毒だ。

以前はここで、意味もなく悲しくなり、人りさめざめと悲劇のヒロインになりきったものだ。今回はその代わりにこうやった。

胸に手を当てて上下にさすりながら自分に言う。

「ねぇ。喜ばせたかっただけなのにねぇ。ありがとっていってくれたら嬉しかったのにねぇ。当てが外れたねぇ。よしよし。あたしゃ、わかってるから、ヨシヨシ」

ウンウン。といじけてた私がスンスンと鼻をすすりながら頷く。

よしよし。ねぇ。ひどいよねぇ。よしよし。

二、三度繰り返し言っていたらスッキリとした。

親バカは、私の中にもいる。私の中のお子ちゃま部門を全肯定する最強の親バカがいるのだ。

東京はたった1日の雪かきでもこの騒ぎだ。