老婆はしゃぐ
庭から母が窓ガラスを叩く。
「なぁに」
「はい」
小さな枝に黄色い可愛らしい小花がついている。
「蠟梅。今、葉っぱもとって綺麗にしたのよ。見て」
はいはい。今なのね。今じゃなくちゃダメなのね。
「写真、とってよ」
「一緒に?」
「馬鹿ね。花だけよ」
甘い、けれど控えめの可憐な香りがする。
注目されることなど求めていない、ただ、咲く。
しかしその庭木の持ち主は自己主張強くいう。
「すごいでしょ。これ。私が皇居でタネを拾ってきたのよ。そう思うと感慨深いわぁ。タネからここまでしたのよ。すごいでしょう。ねぇ。立派よねぇ。可愛いでしょ」
「そうだね、ひっそりと可愛いねぇ」
私は去年の2月と似たような返事をする。去年と違うのは、母が急に家に入ってきても、怖くない私になっていること。ほんの300日程度の積み重ねののち、自分がこんなポジションで母を見つめるようになるとは。そっちの方が感慨深い。う。よくぞここまで歩んできた、私。
iPhoneを片手に庭にでる。可愛い私の蠟梅を撮れというのでシャッターを押していると、自分も楽々フォーンを取りに家に入り、また戻ってきて一緒に撮りはじめる。
「どれ、見せて、あら、あなた、これ、いいわ。こういう頭を使わないのならできるのね、機械がいいのね。いいじゃない。でも、うちのお姉さんも、もっと上手よ」
へぇへえ。ご自慢のお嬢様の上を行こうなんて、滅相もない。存じております。
「見せてごらん」
母の携帯の写真を見ると、ちっちゃくちっちゃく、木が写っている。
「わっはっは。なんじゃ、これ。」
「この機械がダメなのよ。楽々フォンだからっ」
「貸してみ」
ズームを寄せて、ピントを合わせて、オートシャッター設定を解除して、ゆっくりボタンを押すと、それなりのものが撮れた。
「どうだ。腕じゃ」
「あれ、あれ、あら、あなたでもできるの?じゃ、簡単なはずよね。おかしいわね」
全く私は、あなたの中でどういう位置づけなんじゃ。
「並んでごらん、撮ってあげるよ」
「何が」
「蠟梅と老婆・・・」
「失礼ねっ、馬鹿にしてっ」
そういう母は男子にからかわれた女学生のようにはしゃいでいた。
母さん、やっとあなたがわかってきたよ。
・・・可愛いっすよ。