お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

伝わっていない

昨日、夫が急に帰って来た。東京で講習を受けたあと、家で過ごし、翌日京都で試験を受けるために夕飯を食べたら泊まらず、深夜家を出て行くという。

これを5月まで毎週土曜日、するらしい。

ふうん。そうなんだぁ。

いきなりの展開についていけない。講習会の費用と交通費とでしばらく毎週6万消える衝撃と、毎週、家族が揃うことの喜び。

混乱するがやはり、週末一緒に夕食を食べるのは単身赴任感が薄れていい。

夕方やって来た夫は玄関に大きなスーツケースを置いたまま、リビングで私が録画していた音楽のオーディション番組を再生し始めた。

「それで、何時までいられるの?」

「夜の12時くらい」

困った。私はいつも10時半には体力の限界で機能しなくなる。それは夫が赴任する前のことなので彼も承知のはずだが、さすがに今日来て今日帰るのに、眠ってしまうというのも気が咎める。でも限界なのだ、10時半が。

「悪いけど私、そんな遅くまで起きてられないよ。息子も明日もバイトで4時起きだからどうかなぁ」

「いいからいいから。気にしなくていいから。そりゃお見送りがのは寂しいけど、いいから。寝ていいから」

・・・。

「あのさ。気にしないでっていうなら、寂しいけどとかここで言わないでよ。」

それでも寝るつもりだった。なんだかんだ言っても息子がアルバイトから夕方帰ってくる。3人で食卓を囲めば十分、和むだろう。それでよしとしてもらおう。息子もなんだかんだで11時過ぎくらいまではいつも起きているし。あとは二人に任せて寝てしまおう。

ところが、そうはいかない。

こういう日に限って息子がアルバイトからヘロヘロに疲れて帰って来た。夕飯までの仮眠のつもりがぐっすり寝こけてしまって起きてこない。二人の宴になった。

これはこれでよかった。二人で番組を見ながらあれこれ話し、食べる。コーヒーを飲み、アイスクリームを食べる。気持ちが緩む按摩のような時間。

付き合って一度見た録画番組を食後も続けて見ているうちにどうにもこうにも、頭が瞼が、重くなってきた。時計を見ると10時。

滅多にない二人の時間を過ごしていようとなんだろうと、私の体内時計は関係なく正確に時を告げる。

「私、もうダメだ」

「寂しいなぁ。でもいいよ、寝なさい。一人で出て行くから。寝ていいよ」

・・・なんでそこで一人でとか言うかなぁ。

息子は疲れて眠ったまま目覚ましもかけていない。いつもは本人に任せて私は自分の目がそのとき覚めたら起きて見送るが、起きられなかったら起きない。

明日の朝、起きられるのかも気になるし。

夫がこのまま一人、深夜出て行くのも忍びないし。

第一、これまで夫が一人でそっと出ていったことなどない。「これから行くからね」と私が覚醒するまで揺すり、「寝てていいから。寝てなさい」と言って家をでる。赴任前からずっとそうなのだ。深夜遅く帰ってきても、一度、起こす。そして「もう寝なさい」と言って自分も寝る。一旦起された私は再度なかなか寝付けず、その横で、後から帰ってきて寝たはずの夫はさっさとスースーと寝息を立てる。私は置き去りのまま悶々と朝を迎える。

「いいや。このまま今日、ここで朝まで寝るから、出る時声かけて」

今、寝室に上がっていっても気になって寝付けない。ようやくうとうとし始めた頃起こされ、ベッドから降りて見送り、それからまた二階に上がってもう一度寝て、四時に息子を起こす自信はない。

「いいのぉ?ありがとうぅぅぅ」

限界をとっくに超えた私はホットカーペットの上に頭まで毛布をかぶり横になった。

夫は入浴を済ませ、時間までテレビを観ながら出発までの時間を待っていた。

「起きた?これから行くから。」

寝入ったところを起こされた。

「今何時?」

「12時半」

スーツケースを引きずるとゴロゴロ音がして、深夜、近所の人にうるさくて悪いからと持ち上げて出て言った。

今朝4時半に電話が鳴る。夫だった。

「あ、僕、これから出発します」

えぇ?どういうこと?今、どこ?

「あ、今?今、渋谷。」

なに。まだ東京にいたのかっ!これは一体どういうことなんだ!

「だからうちの駅の終電だったら新幹線の始発に間に合わないから、渋谷まで来ておいたんだよ。これから東京駅に行くね」

なんと、あれから渋谷まで出て、渋谷のどこかで時間を潰していたと言う。

「そんなら、言ってくれたらタクシー代出したのに。そうしたら朝まで寝て、早朝家を出ればよかったんでしょ。・・・ひどい。・・・ひどすぎる・・・あんまりだ」

同じ時間を潰すなら、最終の新幹線で京都に行って向こうで時間調節するという手もあったじゃないか。

「だってぇ、ギリギリまで家に居たかったんだもん。ごめんごめんごめんごめん」

なら、なぜこの時刻にもう一度連絡するんだ。ここでもう一度見送って欲しいということか。

彼がごめんを連呼しているときは、たいして悪いと思っていないときだ。笑ってる。

あんまりだ。あんまりじゃないか。

「来週からは、もう少し工夫をしてほしい・・」

「あ、来週はテスト、ないから。大丈夫」

だから、そういう問題じゃないんだってば・・。スーツケースのゴロゴロの音を立てない気配りを、ほんの少し私にもしておくれよぉ。