甘え下手
夫が帰った。
今朝。息子を送り出してから、具合が悪いかな・・眠いのかなとわからないまま、とにかく横になる。
やはり検査結果にあるように今は身体が弱っているのか。いや、その結果にすっかりその気になり、頑張る気力がなくなったのか。
いずれにせよたぶん、身体は「いい加減、もう少し丁寧に扱ってもらえませんかね」と不満がたまってきているのだろう。
夫が起きて降りてきた。
「朝食何時にする?」
「9時半に家をでるから・・・9時」
朝食の支度をしていると、急に目眩と気持ち悪さがやってくる。
でも、倒れこむほどでもない。夫に言おうか。このまえの検査結果のことも言っておこうかどうしようか。
しかし、言ってみたところで彼をどんよりさせるだけだ。これから遠いところに一人戻っていくのに気の毒だ。
「また来週くるから」
「はい」
「でもこうして週一、顔を合わせるといいでしょ」
正直、いいような、大変なような。
「そう思っているのは僕だけだったりしてな。ハハハハハ」
本当にそうか?本当にこうやって毎週毎週夜遅くに帰ってきては翌朝帰っていくのが面倒なだけか?
「いや、ちがう。家族揃うしやっぱり安心するからいい」
ここで照れてはいかんのだ。
「そうでしょ。そうでしょ。父さんもそうだもん」
夫に無理やり引き出された意地っ張りのわたしの本音。
もひとつ頑張って「いつも疲れるのにありがとう」といえたなら、きっともっと荷物は軽くなる。
こっぱずかしくって。つい、突っ張る。
結局「調子悪いの、いつもとなにか違う」と切りださないまま、いつものように玄関で手を振りハグをし送り出す。
この甘え下手、いつかとっぱらってしまうつもりだ。
食後のスイカ
一昨日の朝、大学に行く息子が怒って荒々しく玄関を出て言った。
「皮膚科に行こうかな」
「大丈夫だと思うけど、気になるなら行けば?」
「ほら、ここ、これミズムシかな」
「違うと思うけど。たぶん違うよ。でも気になるなら行けば?」
「どうしよう」
にゅっと目の前に指を近づけて動かない。鬱陶しいな。
「知らないよ、気になるならお医者さんに行けばいいじゃない」
これがお気に障ったようで、無言になってドカドカと二階に上がり、バタンバタンと物音を立てながら降りてきて、無言のまま「行ってきます」も言わずに出て行った。
あらま。
ちらっと横目だけで彼をみた。が、こちらをチラリとも見ずに門から出て行こうとしていたので、私も「上等じゃねぇか」と、いつものように窓に立って見送ることはせず放っておいた。
志望校や学部の変更など、人生の一大事は全部、自分で決めるくせに、どうして皮膚科に行くか行かないかを私に相談しないと決められないのか。
幼稚園の時、お受験をするかしないかで迷った挙句、息子に相談した。当時6歳の彼は「うちのクラスで誰が受験するの?」
と聞いてきた。
「幼稚園のお友達は誰もお受験しないよ。でもプレスクールのお友達はみんなするよ」
「じゃ、僕は受験しない。みんなと同じ小学校に行って、みんなが受験するときに僕もする」
即答だった。
答えの出ない難問を抱えていた私はあまりのきっぱりとしたその物言いで心は決まった。
小学校三年生になると、「塾に行きたい」と言い、4年になると「中学受験していい?」と言い、「僕は男子校」と志望校から滑り止めも先生と決めてしまった。
私はいつも屁っ放り腰でついていくばかりだったが、あれは息子なりに体力のない私を当てにするとは出来ないと悟っていたのかもしれない。
「ネットで見たら、これは放っておいたらいけないものらしい」
「あのね。自分の症状をネット検索する人あるあるだよ、それ。なんでもなくても重症に思えてきちゃうの」
「じゃあ絶対大丈夫と言う保証はあるのか」
「知らないって。だからいけばいいじゃない。お医者さんに」
頭にきて黙って飛び出した息子。その晩、いつもより少し早い9時に帰宅した。
「タダイマァ。これ、母さんにおみやげ。今朝ほどは癇癪起こして失礼しました」
スイカにアイスクリームにおかゆ。食欲が落ちていたのを知っていたのか。
「これ水虫じゃないってさ。汗かぶれだって。わはははは。母ちゃんの言う通りだったな。わはははは」
ガーッと突然嵐がやってきて、過ぎ去っていったらポトっと美味しい木ノ実を落としていった。
「わーい。スイカ。食べたかったんだ。」
なんだか知らないけれど棚ぼただ。
ちょうど先に夕飯を食べ終わったところに届いた食後のスイカ。
冷えてて瑞々しくてやさしい甘さが喉をつたう。
怖れずただ流れる
医者で悪い検査結果をもらい、言いようのない不安と、突きつけられた現実に滅入ったのが10日。
その晩、母の誕生祝いで姉と母と息子と食事をしてぐったり疲れ果てて寝た。
昨日は実を言うと1日、ダメだった。
ダメでいいんだ。当たり前だ。今日は1日ぐったり過ごそう。
そう決め込んだ。
心配事や嫌なことは、そこにフォーカスしないに限る。
以前は起きている問題ごとや心配事は、ちゃんと心配して、ちゃんと悩まないと、人生真面目に生きていないことになると思っていた。
しっかり鬱になるだけだった。
考えなーい。思いつめなーい。
今回はそうしてみた。恐る恐る、そうしてみた。
考えても、考えなくても何にも変わらないんだったら、考えない。
ベース、落ち込んでいる状態なら、自分で自分を追い込まなくてもいいじゃないか。
私くらいは、私を甘やかそう。
考えなーい。突き詰めなーい。
明日死ぬとしたら、悩むんじゃなかったって思うはず。だったら時間は大切に。
お気楽お気楽。ヌクヌクダラダラ過ごそっと。
夕飯は息子が11時の帰宅だと言うので、自分のために鶏肉を焼き、冷凍のロールキャベツと油揚に豆腐、豚ひき肉を入れた巾着をコンソメで煮る。近くの自然食品のお店で小さいお惣菜がちまちま入った雑穀米のお弁当も買ってきた。
一人、手抜きご飯パーティ。
テレビの前に陣取り、録画していたドラマを観ながら、だらしなく食べる。
食べたらアイス、そのままゴロン。
帰宅した息子はその日、テレビを見て作ってみたハヤシライスを
「激ウマ」
と言って喜んで平らげた。美味しいものを作ろうと気負わないと、決まっていつも大絶賛の私の料理。
力を抜いて。料理も、生き方も、楽しみ方も。なんでも。
成功とか上手とか、完璧とか、満足とか、狙わないで。
ただ、怖がる事なく、行き先のわからないまま、流れていこう。
自分の人生の行き先なんて、わかるはずもないじゃないか。
7時まで寝坊して、朝食を多めに取り、もう一度寝る。
起き上がって「あ、もう大丈夫」と感じた。
もう大丈夫。口先だけじゃない。本当に立ち直っている。
ベッドの中から青空を見る。うーんと手足を伸ばす。
雨は止んでいた。
ブログを立ち上げると、弱音を吐いた私の記事に「読んだよ」と星の跡がついていた。
優しいコメントもあった。
誰にも言わなかった、言えなかった。深刻な事。
遠い知り合いだけに弱音をつぶやいた。
不思議だなぁ。
それだけで、誰かが聞いてくれた、それだけで、荷物が軽くなる。
ありがとう。