比率の話
1時過ぎ、買い物から帰ると学校が休みで免許の更新に行っていた息子が帰っていた。
「お帰り、お昼は」
「ラーメン食った」
そう。買ってきたものを冷蔵庫や棚にしまっていると
「なんかまだ食うものあるかね」
と荷物を物色する。フレンチトースト作ろうかと言うと一瞬迷った顔をし
「それはすぐできるのか」と聞いてきた。
「できるよ」
私の作るフレンチトーストはズルなのですぐできる。
本来は卵液に一晩ひたすとかするらしいが、ズルは大きめのタッパに作った卵液にパンを入れるとズブズブ菜箸で穴をたくさん開ける。大きなスカスカのスポンジのようになってあっという間に卵液を吸いこんでジャボジャボになったパンを、油を引いてあっためておいたフライパンにスライドさせるように移し入れ、焼く。
焼く時だけは丁寧に、中火より弱目の弱火より強い火加減でじっくりと火を入れる。
「できたよ」
「はやっ神かよ」
「天才だからな」
蜂蜜をかけて牛乳と共に差し出した。
「うまっ」
「天才だからな」
「天才天才ゆうとるが、天才の割にはおっチョコが多すぎるな」
こっちもみず、食べながらテレビに視線をやりそう言った。
今朝のこと
大きく広げていたテーブルを小さくしようと中央の天板を折りたたみ、残った両サイドの左右の天板をくっつけるために両手を広げて押し寄せていたら、真ん中が密着する際、着ていたトレーナーを一緒に挟み込んでしまった。
勢いよくピチッとしまった二つの天板は凹凸のネジにしっかりはまって開かない。布が間に挟まっているのが締りに強度を足してしまったようだった。
うんともすんとも開かない。
お腹のところをテーブルに掴まれたまま、一人ジタバタしているとそこに息子が二階から降りてきた。
「・・・・・・なにやってんの?」
「いや、あの、その・・机くっつけようと思ったら服、はさまっちゃって・・」
言っている途中でことの事態の馬鹿馬鹿しさに吹き出した。
「おバカやのう、お主は」
すぽっ。抜けた。
「誰かが来る前になんとかしないとって焦ってたら余計とれなくって」
おかしくて笑いが止まらず腹を抱えているのをしれっと横目で見ながら
「ま、階段の途中から何やら暴れているのが見えていたがな」
腕時計をはめ、「では。俺は行くので。馬鹿なことこれ以上しないよう、おとなしく」
と出て行ったのだった。
「あまりに母が天才すぎると息が詰まるだろうと、ときどき演出しているんだよ」
二枚目を食べているところに言った。
「にしては天才の割合とおっちょこの割合が逆すぎやしないか?」
す、鋭い。即答であった。
・・・そんなかしら・・・。
開通願い
福島いわき市の友人のそれからが気になる。
第二弾の水害はどうだったろうか。Twitterやインターネット検索で住所から状況を探ると、どうも近くの川が氾濫したようなのだが、それが彼女の家をどう襲ったのかわからない。
浸水したのかそうでないのか。
もし家が水浸しだったら、そこにあれこれ送りつけても困らせるだけだ。この前は手紙の距離がちょうどよかったと思ったが、こういうときこそ、LINEや電話で繋がっていたら一声かけて様子を伺えるのにともどかしい。
なんとかならないだろうかと、意味なく自分の携帯をあれこれいじっているとLINEのQRコードが自分にも自動的に割り振られていることを知った。
すると、これさえ彼女のもとにあればあっちで、私のことを登録できるということなのか?
LINEの友達登録は近くでフリフリするか、IDをその場で教えて探してもらうしかやり方は無いのだと思っていた。そうか、こんな方法があったのか。
しかし今度はこの携帯の中に表示されている我がQRコードをどうやって彼女に届けたらいいのかが問題になる。メールで送信しようとするにも、どうやってもこのコードを文面にいれることができない。
コードの下にプリントするというのがあった。そうだ、これを印刷して手紙で送ろう。
用紙サイズA4にして余白にメッセージを添えればいいとやってみたら、紙一面真っ黒の怪しい模様が出てきてしまった。まるで恐ろしい組織のシンボルのようである。
写真L判サイズにしても同じことで用紙一面に印刷される。
試しにカメラをかざしても当然のことながらこれをQRとは認識しない。
ううむ。
インターネットで「LINEQRコードを紙に印刷する」と検索するとみな同じようなことをやっているようで、沢山の人がやり方を伝授していた。
スクリーンショットで画面を写真に取り入れ、それを画像添付という形でWordのような書式に取り入れるとういうのが一番簡単そうだったのでやってみる。
どうせならと、名刺のテンプレートを使って小さなカードになるようにしてみた。
どうせならのどうせならで、小さく携帯の番号とmail addressも入れ込んだ。
年賀状にこれらを印字している人もよく見かけるが、誰にでも知らせたくはないので私は入れていない。彼女もそういうところは保守派なのか入れていない。
ずっと葉書と宅急便と封書でのやりとりだった二人に今、SNSが開通しようとしている。
昨夜からはじまり、手紙を添えて完成したのは日を跨いで今日の10時半過ぎだった。
「私の力作を入れとくね。念のため届いたらLINE送ってみて。」
母が友達にメールを送ったそのそばから「今メール送ったんだけど着いた?」と電話をしているのを笑えない。
ホッとする連絡がくるといいなあ。
書き留めておこう 昨日の夕暮れ
夕飯の支度が済んであとはもう温め直すだけってなったとき、時刻までちょっと二階に上がりベッドに寝転ぶ。
iPadを開き、誰かの映画の記事からネットで動画検索し、予告編を観る。
小さな手元にたちまち映画の予告が流れ、たちまち映画館へと気持ちはワープする。
これから観たい映画、本。
少し前までなにも面白い物がないと醒めていた。好奇心も意欲も体力も精神もカラッカラなんだな、アタシ。少しかなしかった。
それが突然カーテンが開いたように、興味を引く物がパーッと溢れて見えてきた。
世界は面白い物であふれてると、蘇るあのワクワクした感じ。
慌てないこと。
全部食べ尽くそうと思わずに。
焦ると目の前のものを味わえない。
醒めて好奇心の無くなったときも悲観しないで。
家事の段取り、家族のこと、頭の片隅で同時にあれこれあるのに趣味の時間を探求するなんて不器用な私には難しい。
欲張らないでいよう。
ホッとする瞬間、わたしが自分に戻る瞬間、それに出会えるものならなんでもいい。
続かなくても。
地味でも。
ミーハーでも。
ただ毎日を投げ出さないで淡々と丁寧に過ごしていれば
こんなふうに急に込み上げてくるときがある。
幸せだ 幸せだ 幸せだ。
単調な1日の終わり。
息子は隣の部屋で本を読む。夫はラグビーに釘付けになっている。
私はベッドで寝転ぶ。
今この瞬間を捉えておかないと。