お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

行きはヨイヨイ帰りは怖い

日曜の朝、今日も部屋を片付ける。

夫の荷物が戻ってくるので搬入しやすいようにしておきたいのだが、どうも出て行った時よりもリターンの方が量が多くなりそうだ。

単身赴任が決まった時に母が言った。

「お父さんのベッドがまだうちにあるから、嫌じゃなかったら持って行ったらどうかしら。使い終わったら向こうで処分してくれればいいから」

18年前に亡くなった父のセミダブルのベッドがそのまま二人の寝室に置かれていた。捨て難かったのだろう。2年ほどしか使っていなかった。今の家を建てて引っ越してきた時に買ったが、その時は既に癌が再発していた。父は最期の時期をこの家で過ごした。

母の良かれと思っての提案を夫に伝えるのに、少々戸惑った。死んだ人の使っていた、それも義父のベッドなんて、一人暮らしの地に持っていけと言うのは如何なものか。私だったら抵抗がある。

「婿さんに聞いてくれた?なんて言ってた?」

急かす母に返事をしなくてはならないので夫に伝えると、意外にも「お、ありがと、持ってく」と言う。この人は、どこまでいい奴なんだ。

結局、父が私が高校生の時に購入して愛用していた、やはり処分できなかったガタついたリクライニングチェアとベッド一式を持って行ったのだった。

「帰ってくる時に向こうで処分してね」

母に言われた通りそう伝えると、わかったわかったと言ってトラックに積まれていった。

のだが。

「あれさ。ベッド、とりあえず持って帰っちゃダメかね。とりあえずバラして持って帰ってどこかに置いておけない?あと、あっち、お義父さんの椅子。あれは捨てないよ。なんだか愛着が湧いちゃって」

母はさっさと自分の寝室に自分用に大きなデスクを買って自分のベッドを真ん中に置いているのでもはや、あそこには戻せない。私の家にももちろんそんな余裕はない。

「困るよ。高いお金出して運んでもらって、結局こっちでまた費用出して廃棄処分することになるよ。忙しいなら私が探して手配しようか?」

「いや、いい。それはいい。でも引っ越し代は会社が出すから大丈夫だし、とりあえず持って帰る」

言い出したら聞かない。

「椅子は絶対捨てないからね」

困る。お父さんが使っていたあの椅子はけっこう場所をとる。それに。

それに、父がこの家にいるようで、ちょっと、ちょっと複雑。

ファザコンの娘としては。辛い。

母が処分できずに残していたものを、夫に託し、愛着を抱いた夫がそれらを持って帰ってくる。

とりあえず、荷物を増やして戻ってくることになった今、家具をあちこち寄せて置き場を確保する朝なのだ。

 

未知のボタン

9時ごろ、寝室でまだ寝るわけでもなく、ゴロゴロベッドに転がっていたら家の電話が鳴った。

近頃は怪しい電話も多くかかってくる。「俺たちや親しい人なら直接携帯にかけるから常に留守電にしておけ」との指示のもと、我が家の電話機は常に留守電モードになっている。

鳴ってるなと思ったらすぐに切れた。夫かもしれないと、自分の携帯を手元に寄せると既に二回の着信記録が付いている。

あれ、いつだ?

と思う間も無く隣の部屋で息子が誰かとなにやら話し始めた。

「なんだよ。知らねえよ。・・・だろ。・・・だし・・・ないし・・やだね・・ダメだし」

そして私の部屋のドアがバンと空いて自分の携帯を差し出す。

「オヤジ。母さんにかけたけど出ないって。変わってくれって」

要件は4月からの勤務地が確定したことと、引越しの日取りが決まった事。

「了解致しました。はい、では。おやすみなさい」

電話を切って息子に返す。

「なんでいつも俺の携帯で二人が話すんだよ。母さんに電話したけど出ないっていってたぞ」

「そうなんだよ。なんでだろう。みんなが私に電話しても出ないって。ちゃんと繋がるときもあるんだけど」

設定がなにかおかしいのかと、iPhoneの設定アプリのサウンドを確認しようとしていると

「ちょっと見せてみ」

息子にもっていかれた。今、設定を・・と説明しているのをよそにヒョイと側面のボタンを見て、あ、やっぱり、これだわ・・と呟いた。

「これ、このボタン。ロックかかってんの。これをこっちにやると、音が鳴らないの。いわゆるマナーモードみたいなもん。」

それは、音量を調節する二つの出っ張りの横にある小さな突起のことだった。上下に動き、片方に寄せると赤い表示がでる。これは一体なんだろうと、いじくって上げ下げしたものの、結局なんだかわからず、まあいいやと放っておいた。

どうやらそのまあいいや、の放っておいた状態があいにく、サウンドロックにする方だったらしい。

「なに、これ、やってると繋がらないの」

息子が試しに自分の携帯からかけて教えてくれたところ、あちらには普通に呼び出しのコールは聞こえているのに、こちらでは着信音が鳴っていないという事態が生じていたことがわかった。

映画の時などはこれを使えばよかったのだ。私はいつも電源を切っていたというのに。

「どうりで、母さんなかなか電話でないと思った。」

「だから父さん、いつも家の電話か息子にかけてきてたのか。そういえばいつも、今どこにいるのって聞いてたけど、そのせいかぁ」

「留守電にしといて、それじゃ、意味ないじゃん」

確かに。

小さく気になっていたモヤモヤが解明された。これからはパパッと素早く出てやるぞと、今、待ち構えているのだが、まだ、どこからもかかってこない。

 

 

 

 

 

ありがとMac君

MacBook Proがついに、ついに壊れた。

これまで2度、修理に出し、OSの再インストールもデバイスの修復もやり尽くし、修理屋さんにも

「次はもう、ダメですね」

と言われたにも関わらず、さらにもう一回直しに出して救ってもらった。

「さすがにもう次は・・」

「はい、そうですね」

それから約半年。使っていたら画面が急に暗くなった。そしてチカチカ点滅し、グレーに細い縦線がかかった画面になり、止まった。

あ・・・お亡くなりになった・・・。

勘でそうわかった。点滅も、グレーの縦線もこれまでにはなかった事だ。

本当に最後なんだ。

もう直そうとは思わない。よくやってくれた。

思えばこの機種は8年前、退院し心身弱っていた時に気晴らしに買ったのだった。外出できない時も人と会話ができない時も、言葉が出なくなった時もこの子と遊んでいると気が紛れた。

Macの寿命は4年、長くて6年と言うから、もう限界なのだろう。

あれから私も随分陽気に強くなった。

もう私の役目は終わりましたね。さようなら。

あの点滅はそういうラストメッセージだったような気がする。

次のステージに行こう。

Mac君、お疲れ様。これまでありがとね。