自問自答
そ朝食後、録画していた海老蔵さんのドキュメンタリーを観る。
幼い子供達がそれぞれ懸命に現実を受け入れながら前を向いている。
海老蔵さんも、時に痛々しいほど娘と息子の心それぞれに繊細に寄り添う。
歳をとったのか、気がつくと眉間に力を入れて感情移入をしていた。
それから洗濯物を干し、フロアクッションのカバーを交換。
カレーをこしらえ、キッチンの引き出しの整理がなんとなく始まった。
とりあえず入れておいたもの、使うつもりでとっておいたもの、そして本来ここにしまうものが混在し、使いづらかった。
こういうゴチャゴチャは日々目にしているうち、いつしか風景のように気にならなくなってくる。
改めてひっくり返してみて自分で呆れた。
息子が中学、高校の頃、テストで良い点をとってきた時、部活が優勝した時など、バナナケーキやマフィンを焼いて、そこにクリスマスケーキなどでついてきた細いロウソクを刺して火をつけ楽しんだ。
その名残で、とってあったロウソクや飾り。
お弁当に使えると、とっておいたバラン、
クリップ、安全ピン、
どれもあるとき突然、必要になるのでここに入れておいたものが未だに保管されていた。
それらを取り出し、捨てる。
今、使うものだけにしたら引き出しはガランとした。
そこから読書。
一章読んではまた別の本と思いつくまま手を付ける。
掃除機をかけ、床を拭く。
昼ごはんにトーストを焼こうとしていると、母が来た。
相続の話、姉の老後の心配をとりとめなく話す。
否定もせず、肯定もせずただただ、聞く。
3時になってやっと昼ごはん。
冷凍のホタテフライとカキフライを揚げた。
汚した台所を重曹で磨く。ついでにレンジ内も拭く。
夕方、すっかり寒くなってからスーパーに行く。今日初めて外に出た。
ぶらぶら買い物袋を下げて歩く帰り道。
一日家の中でぐうたらしているうちに日が暮れた。今日の歩数はこの往復だけか。
体は喜んでいる。細々した家事も思いつくままやれた。今の私にはやはりこの程度の運動量がちょうど良いのか。
心は動揺・・いや、心の方もホッとしているのがわかる。
ついていけてないのは脳。こんな怠惰な1日でいいのかよ、もっと歩かなくていいのかよ。不安で落ち着かない。
心、体、頭。2対1で、怠惰賛成。
多数決に多分これでいいのだと、頭もおっかなびっくり同意。
私が私の守護神だったら
「そうそう、それでいいんだよ。大丈夫だから」
ときっと言う。
落ち着け。何も困ったことは起きないからと、きっと言う。
成人の集い
「行きたくねぇ〜。いきたくねぇよ〜」
成人の日の話である。
自分からグイグイ友人に話しかけることのできない息子は、こういうとき、だれか行かないかと連絡をとってみたり、知った顔を見つけたとしても声をかけられない。そして毎度、気分はロンリーで「行かなきゃよかった・・」としょげて帰ってくる。
新入生歓迎会のときも、同期会のときもそうだった。
たぶん、そんな人は結構いて、本人が気にするほどのことはないと思うのだが、同世代の中でスイスイと泳ぐように渡り合えない彼にとってはコンプレックスになっているようだ。
「そんなもんじゃないの?私も引っ越したとこでの成人式だったから小学校の知り合いはいないし、中学は越境入学の人が多かったし、高校も私立だったから、行っても誰ともしゃべらず帰って来たよ」
だからといって別段自分を惨めだとは露程にも思わなかった。
「行きたくね〜」
帰ってきていた夫が
「行って来なさいよ。行っときなさい」。
「うるせぇ、俺が決めんだよっ」
私は内心、迷ってるならとりあえず行ってくればいいと思っていた。
感動的な一日になるほどのことはないが、これから毎年、成人式の話題をニュースで見聞きするたび、「行っときゃよかったかな」と思うより「行った行った。あんまり意味なかったけどな」と振り返るほうが気が楽なんじゃないかと思うのだ。
学校や職場で「成人式行った?」と聞かれるたびに「いえ・・」と答えるよりも「あ、まぁ。行きました、一応」と答える方が気が楽なんじゃないか。
それくらいのことだが、漠然とそう考えるのだ。
が、あえてそれは口に出さない。
うじうじ迷ったりナイーブになるくせに、なんでも自分で決めないと気が済まない。
幼稚園選びからそうだった。
いくつもの運動会を見せに行き、私がここがいいなと思うところに誘導しようとしても、頑として、自分の気に入ったところを譲らない。
先生のしゃべり方がいやだった。へんなお祈りをさせられた。ブランコがあぶない。あそこは、園長先生のおじいさんがやさしかった。滑り台がよかった。
子供は子供なりの基準があり、真剣に選んでいるのだった。
小学校にあがると、あるとき「受験したい」といいだし、自分で塾を見つけてきた。そこは大手ではないが、自分にはこっちのほうが質問しやすいと主張する。
そしてどこを受けるかまでも先生とだいたい決めて帰ってきた。
合格が決まると、偏差値的にはそちらの方が高く、大学までエスカレータでいけるところがあるというのに「ぼくは一人っ子だから男子校に行った方がいいと思う」とあえて自分の苦手な体育会系のところに行くという。
さすがにこのときは私も迷った。が、のちのち「あのときお母さんに言われたからこっちにしたけど、やっぱりやめればよかった」と言われたくない。言う通りにした。
大学受験も、そこからの転科も、すべて、あとから報告。
そうやってきた息子が今更私がどうこう口出ししたところで、言う通りにするわけがない。
式典は午後から。12時に家をでれば十分間に合う。
一階の陽の当たるリビングで「行っても意味ないんだよな〜。地元中学に行った連中ばかりだよ、きっと」。
フロアクッションに埋もれながら身をくねらす。
「どっちでもいいんじゃ〜ん?」
そう言い残し二階にあがった。
11時半になった。動く気配がない。行かないことにしたのか。
残念だけど仕方ない。
11時45分、静かだ。駄目なんだな。
11時50分。
ダダダダダダダダッ!階段を駆け上がって来た。
「あぁ、ちくしょう、行きたくねぇっ!くそっ、行ってくるか!」
渋々背広を着込み、ちゃんととってあったらしい区から届いた招待状を引き出しから取り出し目を通し、ネクタイを締める。
「あーもうっ。おれは真面目だからなぁ!」
照れ笑いをして出かけて行ったその姿は、入学時の背広姿よりちょっとかっこ良かった。