お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

寒いね!

昨日、寒くて外に出るのが嫌で、それでも1日家の中で本とドラマだけで終わっていくのはもったいなくて、エイっと外に出た。

キンと冷たい空気と、わずかな太陽。そして透き通った空気に、玄関ですぐ「出て正解」と思う。

黒いロングニットを羽織ってポーチを斜めにかけてずんずん歩く。

冷蔵庫には食材はまだあるし、夕飯の献立も決まっている。買わなくちゃいけないものなんて無い。

だからずんずん。歩くために歩く。

八百屋のおじさんがトラックから仕入れてきた野菜をおろしていた。

いつも散歩のときに会釈する。ここは質はとてもいいけど、かなり割高なので普段、利用していない。

それなのに、おじさんは私を見つけると必ずといっていいほど、手を休め、私にむかってペコっとしてくれる。

はじめは誰かと勘違いしてるのかと思ったが、やっぱりそうではなくて、私にだということに気がついた。

朝はおはようございますと言い合うが、たいてい黙礼。

今日も互いに気がつく。いつものように頭を下げて通り過ぎようとしたら

「寒いですね!」

すごく自然だったのが嬉しくて「本当に!」と返した。

立ち止まらずそれだけなのに濃い一瞬。

越してきて20年。いつのまにかこの街の住人になっていると心が弾む。

薬局に行き、中性洗剤と排水溝のネットを買う。

顔見知りの薬剤師のおばさんに今度は私から

「急に寒くなったよねぇ」とさっきもらったバトンをつなぐ。

「ほんと、もう、家出るのがいやでいやで」

笑うおばさん。そのことについて私も誰かに言いたいと思っていた、というくらいの勢いで目をまんまるにして

言う。

「わたしも朝、布団から出るのに決心がいるようになってきた。」

そうそう、そうよねー。寒くなってきたから風邪ひかないようにね。じゃ、またねー。また寄ってね。

薬局のひとなのに、風邪ひかないようにってと、おかしくなる。

店をでて、まだ3時。

ドトールに寄ろうかとちらっと思ったけれど、そのまま帰ることにした。

寒いね、と八百屋のおじさんと薬局のおばさんと季節の訪れを確認しあったところでなにかが満ち足りた。

一人じっくり発酵させる充実感とはまた違う、頭と心の換気をしてきたような、そんな心地良さ。

りぼんの朝

息子バイトの朝。今日も私は一緒に起きない。昨夜、残りのグラタンとトマトを冷蔵庫にセットして「あとは自己責任で。出かけるときは声かけて」と眠りについた。

「母さん、行ってくるから、ここで、いいから」

バイトの朝が一番きびきびとしている。

「いってらっしゃい、じゃ、お言葉に甘えて、ここで。気をつけて」

そしてまた眠った。

目が覚めたのは7時半だった。

なんという贅沢な朝だろう。すべて自分のペースで始まる。なにもすぐに、朝食にしなくったっていいんだ。

ぼんやりした頭のまま、トイレと風呂を掃除し、洗濯をして流れで掃除機をかけた。思考が働きだす前になにも考えず無心でやる。

この起きぬけのぼんやりが薄れないうちが私にとってのゴールデンタイム。

訳のわからないうちに、自分で自分をごまかしてやってしまう。

茄子とピーマンの甘味噌煮をレンジで作る。

ついでに大根も意味なくゆでておく。なにかに使えるだろう。

カボチャもレンジで甘辛く煮た。あとなにか・・・少しずつ頭が覚めてきた。

ここまでにしとこ。

9時15分。

パンとスライスしたきゅうりとハム、トマト、ちょっとのカッテージチーズを自分専用の朝の皿に盛り、蜜柑、マヨネーズ、マーマレード、コーヒーと一緒に、無印のお盆にのせる。

きゅうりの青臭い匂い、ハム独特のちょっと安っぽい加工品の匂い、とぽとぽとぽ・・・・お湯をマグカップに注ぐ音、そしてあがってくるコーヒーの香り。

私の朝。

いそいそと運び、どかっとテレビの前の文机に陣取る。

さてさて。

レコーダーが直ったので朝ドラにあわせなくてよくなった。録画しておいた朝ドラを再生し、観ながら食べる。

まずコーヒー。そして、一枚はハムきゅうりマヨネーズ、もう一枚はマーマレードとカッテージ。

最後にお楽しみで、卵ぼうろ。

ドラマが終わって、今度は録画「あさいち」を観る。オープニングのおしゃべりを数分みて、テレビを消した。

ごろん。静かだ。

気がついたら10時半。ここでやっと、着替えた。

携帯に通知がついている。夫からのラインだった。

「結婚記念日おめでとう。25周年。これからもよろしくお願いします」

えっ?あ・・・そう・・か・・あれ・・そうだっけ?・・そうだ、そうだ、今日だった!

ラインは7時。出勤前だったのだろうか。そのころ私は呑気に二度寝の真っ最中。ごめん。

「ごめん。二度寝してました。今、読んだ。記念日おめでとうございます。ここまでありがとう。こちらこそこれからもよろしくお願いします。」

私の朝に、今日はりぼんがかかった。

 

スイカ

「今日はどちらにお泊り?」

「あ、今日はもう、二階に部屋を予約してるんで」

「そう、当日ドタキャンすると全額戻ってこないからご注意あそばせ」

「やっととれてさー。なかなか部屋空いてなくてさ」

「あら、毎晩空室、見ましたよ」

5日目にしてご宿泊の朝でございます。

 

昨日、母と祖母のところに行った。

「なんか、もう、あんまり食べないし、息もハアハアしてダメなのよ。もう、いつ死んでもおかしくないわ」

前回一人で行った母が帰るなりそう言いにきたので、様子を確かめたかった。

母は母で「私一人だと怖い」という。いつ目の前でスウッと逝ってしまうかと思うらしい。

人はそんな簡単には死なない。と、私は思う。

そして、矛盾しているようだが、祖母の場合それがいつ来ても、自然現象のように思う。それくらい、どこも患うことなく綺麗なままの102歳だ。

午後2時だというのに、祖母は自分の部屋で口を大きく開けて眠っていた。産まれたての赤ちゃんのようだ。1日の大半眠っている。

真っ白になった髪の毛のなかにわずか数本、黒いのが残っている。

全体の白に対して、このまばらにある何本かの割合が、おばあちゃんの残りの時間の割合のようにも思え、そっと撫でてみる。ぴかぴかピンク色に光った地肌が透けて見えるその頭は小さく暖かい。柔らかい赤ちゃんのような髪の毛だった。

眼が覚めると「あら!」と言った。あら!っと声を発生した、ただそれだけなのに、その張りと大きさにホッととする。

好物のスイカなら食べると思うと、私が買ってきた季節外れのものを母がそうっと目の前に差し出したのを見つけると、ニーッと笑った。フォークを自分で持ち、かぶりつく。目をつぶり身体中をつかって噛む。一口入れては目を閉じたまま噛み続け、疲れるのか時々止まって動かなくなる。まるでゼンマイが切れたようにピタッっと動かない。まさか、死んじゃったんだないだろうねと、母ではないが一瞬焦る。私が提案したスイカが原因で死んじゃったらどうしよう。でも好物を食べながらの最後ならそれもいいかもしれない、などと脳裏をよぎる。

やがてまた、思い出したようにゼンマイはゆっくりと回り始めた。

「もういらないのよ」

母がスイカの入ったタッパーをカバンにしまった。

やっと口が空っぽになったので、もう一度タッパーを取り出し、フォークに小さな小さなかけらを差して見せてみた。物忘れの激しくなった祖母は、今、食べたことをすっかり忘れて、また、嬉しそうにニーッと笑う。そして、また延々ともぐもぐやり、途中、止まり、また動き出し、飲み込む。

二センチ四方のかけらを、三つ、食べた。

肩で息をし、目を閉じ、全身全霊身で食べた。

そこで私に気がつく。「あら!」。シワシワの顔をもっとシワだらけにしてニーッとまた笑ってみせる。

それだけでもうおしゃべりはしない。小さく小さく頷いて、また目を閉じる。それは瞑想しているような静かな景色で、神さまに返って行く途中の人のように透明に見えた。

ニーッと笑い、もぐもぐ食べる。ただそれだけなのに見開いた目にはまだ、力がある。

生きていること。そこにいてくれること。

緩やかに緩やかにtouchdownに向かっている。