お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

完全に拗ねた

パソ子、いい加減にしなさい。おかしいよ。あなたはもっとできる子だよ。

あなたらしくないじゃない。

どうしたの。

そうか。昨日、初期化をしている最中に、それも、あと2分で終わるっていう時に、わたしが母に呼ばれて貴方を放ったらかしにしていなくなったから、拗ねているのね。

ごめんね。

でも、わかるでしょ。あの人は、呼んだらすぐいかないと怒りだして大騒ぎになるのよ。

だからって、再起動をかけても、全くもとのまんま、なにも変わらず戻ってくることないじゃない。

貴方だってあれだけ時間をかけて、しんどい思いをして初期化作業に臨んでいたのは、やり直そうって思ってのことでしょ?

こんな、一時的な感情でこれからの在り方を変えてしまっていいの?

・・・わかった。

お互い、もう一度、やり直そうよ。二人でもう一度頑張ろう。

もしかしたら、最新のOSは、もう貴方には荷が重いのかもしれないね。

背伸びをさせすぎたかな。ごめん。

もう一度、初期化するよ。そして、今度は最新のじゃなくて、貴方が我が家に来たときのままの姿にしよう。

8年前のOSの。かなり前のOSだけど、私たちにはそれが似合っているのかもしれないね。

あの頃のあなたは驚くくらい反応が早かった。

まだまだやれるよ。やれる子だよ。

今度は放ったらかしたりしないで、ずっとそばにいるから。

安心していってこい。そして戻っておいで。

ここで待ってるから。

いいね。

よし。

じゃぁもう一度、頑張ろうか。

 

・・・と頭をなでて、話し合いは終わった。

頼むよぉ。パソ子!

初期化

どうやら、パソコンが壊れたようだ。

起動するのに、いくらなんでも10分以上かかるのはおかしい。

いつも不精してちゃんとシャットダウンせず、スリープにして画面をとじていたせいかもしれない。

直射日光かもしれない。昨日、窓のそばでガンガン直射日光を浴びて熱くなっていた。

気の毒なことをした。

スマホを使って症状を検索すると、対処方法が書いてある。どこでも同じことをするようにと指示しているので、どうやら、これが正しいのだろうとやってみた。

が、その作業をやっている途中でフリーズを起こし、止まってしまう。

「散々わたしを軽んじておいていまさらなによ。こんなんじゃ直ってあげない」

と拗ねているようだ。

うーむ。お金がたくさんあれば、「あら残念」と言いながらホクホク最新のMacBook Proを買う。

が、今はそれはできない。夫の住まいとこっちとに、二つに別れてから、やはり出費は多い。とてもヘソクリ程度で買える品物でもない。

うーむ。

・・・やむなし。

思い切って工場出荷状態にまで初期化することにしよう。

一か八か。

この作業をやっている途中でパソコンがまた拗ねだしたら、そのときこそ、終わりだ。

サイトでもこれは調子の悪いパソコンの最期の手段と書いてある。

「やるわよ」

パソコンに語りかける。

「これでダメだったら、私たち、本当に終わりよ。わたしは本気だからね。あとはあなた次第よ」

電源を一度切り、commandキーとRキーを同時に押しながら再起動。

えいっ。

 

そして、今。

すっかり空っぽのただの箱になってしまったパソ子に、また新たなOSの命を吹き込んでいるところ。

あと、1時間50分。

頑張れパソ子。頑張るんだ。生き返るんだ。

私たちの関係はまだ、終わっていないはずじゃないの!?

金柑の花

朝。今日は歩けた。歩けるってありがたい。

足だけは長く使えるようにしておきたい。

散歩から戻り、鯵の干物を焼く。魚の焼ける匂いでたちまち台所に朝の活気が広がる。

ゴミをまとめて出しに行ったついでに、勝手口の脇の金柑の木から落ちた花殻が道に散らばっているのを掃く。めんどくさいが、どう見てもウチがだした白いカス。

ひと月ほど前は黄色い実が落ちて、転がって、そこに車や自転車が通って行くものだから、アスファルトに潰れた金柑の実がグシャッと押し込まれ、道を汚した。毎日慌ててほじくって集めて捨てた。

「おはようございます」

振り返ると名前をしらないけれど、よく犬の散歩で通りかかるご近所さんだった。

「なに、集めてるの?なんの花?」

「金柑ですよ。ほら、少し前まで黄色いのが散らばってたでしょ。今度は花が落ちてきて。・・・あ、そういえば、この木は先に実をつけてそれから花なんだ・・・ねぇ。」

「あら、ほんと、普通逆よねぇ」

二人で金柑を見上げ、やがて彼女は散歩の続きに歩き出す。

また、一人で残りの花殻を塵取りで集め、枯葉を入れたポリ袋の口をあけて一緒に入れた。

ザーッと入っていく白い小さな花の屑。

一瞬、ふわっと甘い香りがした。甘い優しいかすかな。

へぇ。いい匂いするんだなこの花。

口をキュッと縛るとき、空気が漏れてまたいい匂いがした。

「そうですよ。ゴミじゃありませんから。わたしの花は」

頭の上から金柑の木の声がした。