ただの毎日の中で。専業主婦の平和すぎる日常

自分の思っていること、ちょっと引っかかったこと。誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

遅い成長

ジェーン・スーさんがラジオで言っていた。

「中年は、自分との折り合いがつく時期。だから他人にも、きっとそれなりに何かがあるのであろうと察しがつき、優しくなれる」

本当にそうだ。

私は折り合いがついたというよりも、いろんなことにお手上げといったほうが近いかもしれない。これまで、自分をどうすればいいのか、自分の何がいけないのか、どうすれば理解してもらえるのか、どうやったらこの居心地の悪さを改善できるのか。

そう、改善しようとしてきたように思う。

母に、あえていうなら「お母さん軍団」に認められたかったのだ。

ほぼ同居の二世帯住宅での子育ても、母と姉からの指導が常に入った。息子の反抗期は不健康な私の責任だと叱られた。おっしゃる通りと言い返せない。

自分が親になる前に娘なのだった。

私も母も諦めが悪かった。

母は母で未熟な娘が気に入らない。

私は私で、なんとか、そうじゃないと思わせたい。

50を前に、そのへんがもう、どうでもよくなった。

 

今、とても自由な気持ちに近い。

心の隙間はその証かもしれない。

母にも姉にも、それぞれの心の中の何かがあって、何かを抱えているのだろう。

私は私の何かだけを抱える。

それは恨みとか、決別とは違う。

私は私として生きて行くということがやっとわかりはじめたという遅い成長。

 

明日、夫と息子と母と姉とみんなでご飯を食べよう。

お仏壇にビールと蒸したサツマイモをのせて。死んだ父と父方の祖母と、みんなで家族の時間を持とう。