松飾り
松飾りを門につけた。母のアシスタントとして実家にいたときからやっていた。姉はたいてい、暮れは部活か仕事かで家にいない。姑と父は当然何もしないので家事は私が手伝うことが多かった。
「ちょっとそこ持ってて。紐通すから抑えといて。」
母には母のこだわりがあるようで、麻紐でなくてはいけないこととか、門の裏側でバッテンにしてもう一度二重に下の方で止めるとか、このやり方と決めたものがあった。
寒空のした、綺麗に納まればなんでもいいじゃないかと思いながら毎年黙っていう通りにやっていた。
それを数年前から、「もう私は年だからやらない」と私一人の仕事となった。
「あなた、バカなんだからやり方、メモしときなさいよ」
初めの数年は母が後ろでじっと見ているので、テストをされているようで、おどおどやっていた。案の定うまくいかず「貸してごらんなさい、馬鹿ねっ」と治されてしまう。その度にどよーんとした気持ちになり、なんとも言えない自己嫌悪のような暗い気持ちになるのだった。
今年こそ。今年こそ。そんなふうに構えるから、暮れの準備が憂鬱でたまらない。
おでんの大根の幅。お雑煮用の鮭の品選び。小松菜の湯で具合。何にもやらなくせに姉までもが「いまいちだね」と言うものだから、母もそれに加算して、正月早々、何をやらせてもダメな奴だと夫、息子の前で言われる。毎年不合格なのだった。
も、いいや。
今年の私はちょっと違う。
力を抜いてサクサクやろうキャンペーン中の私は松飾りにも、これを取り入れた。母が体操教室に行っている午前中を見計らって、パパッと取り付けてしまおう。要は見苦しくない程度に門に結びつければいいんでしょう。
麻紐とハサミと松飾りを持って外に出た。
だいたい、この辺。だいたい、こんな紐の通し方だった。だいたい、こんな感じで結んでた。全部だいたい。
これでいいのか、おかしくないか、何か言われないかとビクビクしながらやるよりずっと手早く終わった。
道を挟んで向こう側で、散歩途中のおばさん二人が立ち止まってじっとやるのを見ている。
「あら、もう飾ってる」
「そうよ、明日は9のつく日だからダメなのよ、31もダメなのよ、あなた」
私を含めた光景を眺めつつ言っているのが聞こえるが、全く気にならない。黙々と作業をやり、門にくっついた松の右左のバランスをちょっと離れて確認する。よし。我ながら良い出来だ。
そこに母が帰ってきた。一瞬、うわっと思う。
「松、つけときました」
そそくさと家に戻った。
合格なのか、ギリ、合格なのか、知らないが、何も言ってこないところを見ると追試は間逃れたようだ。
よしよし。
いっちょあがり。
窓拭き
朝食前、洗濯物を持って二階に上がったついでに窓を拭く。
張り切ると碌なことがなく、思いつきの方が良い結果が出るという私の特性の論理上、窓拭きもなんとなく始めるのがいいはずだ。
古い穴の空いたバスタオルと、中性洗剤を水で薄め霧吹きで雑に取り掛かる。
ぼたぼたになるくらい、窓に水を吹きかけると、溜まりに溜まったゴミと埃の入り混じった薄茶色い液体に変わって線になって滴ってゆく。それをバスタオルの端っこで拭き取る。しっとり濡れた汚れたタオルはびっくりするくらい黒かった。
今度は乾いた面のタオルで乾拭きをする。
キュッキュッという音。あぁ。小学校のお掃除の時間、窓拭き担当が取り合いになったっけ。洗剤をスプレーするのがいかにも、非日常的な掃除っぽくて、みんなやりたがった。地味に床雑巾に比べ窓拭き係は数少ない勝ち取ったものがやれる花形の場所だった。あの時も、冬の冷たい空気にキュッキュッっていう音が低く小さく、そう、こんな音だった。
雑に一時間、寝室の窓4枚だけ磨いた。朝食前のまだ半分寝ぼけたまま始めるのはいい思いつきだった。覚醒されてからだと「めんどくさいなぁ」とか「ガラス用のワイパー買ってこようかな」「いやいや、換気扇をやってからやるか」「あぁ、門の屋根も落ち葉はらいしないと」あれこれ考えが広がって、始める前に疲れてしまう。
考える前に寝ぼけているうちに動く。寝ぼけているから肩に力も入らない。
力が入っていないから窓はいつものように縦線が残ることなく綺麗に透明に仕上がった。
ホクホク。
洗濯物と窓とサッシの掃除が終わって朝ごはん。
大掃除するぞって思わずに、ちょこっと気になるとこだけやることにしよう。
名もない料理
今日は窓を拭こうと思っていたけれど、午前中、ほとんどぼんやり過ごす。
午後からもう一度、リンゴケーキを焼いた。クルミも入れてみた。卵を二個にして、生のりんごの間に生地があるくらいの、ずっしりしたものにしてみた。シナモンもこれでもかというくらい入れた。
中に入れる量と卵が増えたので温度はそのままで焼き時間を10分増やす。
こんなもんかな。
焼いている間に、夕飯の何か一品作っておこうかと、冷蔵庫で干からびかけていたレンコンをすりおろしたのに、長芋のすりおろし、人参とタラコのシリシリの残り、卵、天ぷら粉を混ぜたのを油で揚げた。
名もない料理。
チン。リンゴが焼きあがる。竹櫛を指すと、サクッと抜けた。真ん中がこんもりと盛り上がっていい焼き上がり。
レンコンの方の味見をする。お、いいかもしれない。長芋レンコンナゲット。
ほうらね。やっぱり私は、思いつくまま何かやる時の方が、いい結果が出る。
いや、思いつきをちゃんとメモにして、何度も何度も繰り返さないから、出来にムラがあるのか。
粉200グラム
油 バター20、オイル70
卵2個
砂糖50
リンゴ2個 クルミ製菓用の小さいの一袋
180度で40分
もう一度やってみよう。なにか一つでもブレないで成功するものがあると、きっと支えになる。
本当は、そういうのを複数持っていて
「母さんのあれ、食べたくなった」
と巣立った息子が懐かしがるような味を持つことが憧れ。
名もない料理ばかりじゃなくってさ。