なんちゃってのパン
木曜日の朝は好き。息子が午後からなので寝坊ができる。
目覚ましがわりのラジオが4時半につく。ベッドを降りて、ホットカーペットにスイッチを入れて羽毛布団をずりずり引き摺り下ろして、今度は床に寝転ぶ。
朝陽が入るようにカーテンを開けて寝る窓から空が見える。
ぼんやりした頭でぬくぬくしながらラジオを聴くこの時間。幸せだなぁ。
朝の散歩をやめて今朝はパンを焼く。発酵させないこねて焼くだけの小麦粉のお菓子のようなパン生地にこの前作った小豆あんを詰める。たっぷりしたのを作りたくて、餡子をたくさん入れたら破けた。一生懸命くっつけて白ごまを振ってごまかす。
190度で20分。
ちゃんとしたパンじゃないのに、台所にはちゃんとしたパンの香りが立ち込める。
昨日のシチューを温めて、冬の朝ごはん。
たまぁにこういうことをすると、すごく贅沢な朝のなかに自分が溶け込んでいるような気がして、ちょっと得意になる。
お礼を言いたい
今日は、午後から母のお歳暮の品選びに付き合う予定だったのだが、今朝、明日にしてくれということになった。
急遽、明日の予定と今日の午前中の病院と1日に詰め込んだ。夕方、ヘロンヘロンに疲れ果て、帰る間にちょっと甘いものをとドトールに寄り道をした。
頭の芯からぼうっとしているのに、自分の時間に戻って心を整えたいと本を読む。疲れるからもうやめようもうやめようと思っているうちに、一気に一冊読んでいた。
短いけれど、ぎゅうっと濃縮された時間に満足して、さあ帰ろうと荷物をまとめる。
ない。財布がない。
さっき、一番最初に座った席が入り口からの風が流れてくるので移動した。あそこだ。注文するときはあったのだから。この店の中だ。リュックと別に肩から下げるタイプの財布を席についておろした。移動するとき、リュックしか持たなかったのだろう。
ところが、というか、当然というか。もといた席にはなかった。床もその周辺もなりふり構わず、うろうろして見たが、ない。
本を一冊読んでいる間に小一時間は経っていた。その間、誰もこの席に座らなかったわけがない。
祈るような気持ちと、反面、持っていくような人はそうそういるまいという確信と、6対4くらいの割合の気持ちでカウンターに聞きにいった。
「あの、忘れ物、届いていませんか」
正確にいうと、忘れ物でなくて、粗忽者。
「はい。どういった忘れ物でしょう」
「お財布、黒い鞄型のお財布なんですけど」
ちょっと偉いポジションの感じの女性はニッと一瞬、した。
「お待ちください」
あった。あったのだ。やはり、座ろうとした誰かが、親切な人だった。
「念のためお名前を、いただけますか」
中に入れてあった診察券や保険証の名前と照らし合わせるのか、聞かれ、名前をいうと、それだけであっさり返してくれた。
クレジットカード、キャッシュカード、おろしたばかりの一万円。無事に、文字通り、何事もなかったかのように、私の手元に戻った。
朝からの疲れが一気に飛んだ。
良かったヨォ。良かったヨォ。ありがたいヨォ。
やっぱり私はついている。
どこの誰だか存じませんが、仏のどなたかさん、本当にありがとうございました。
母のタンパク質問題
昨日、祖母がお寿司8皿を平らげたという話に触発された母。
「私ももっと食べないと。タンパク質が足りないってお姉さんが言うのよね」
昼ごはんは一人だとクラッカーしか食べない。夕飯もとにかく簡単なものが増えてきたと姉が嘆く。
「私、食費入れてるのに」
相手はもう年寄りなんだから、会社の帰りに何かパンチのあるお惣菜を買ってくるとか、休みの日に作り置きをすればいいじゃないと言うと「働いて、出来合いのお惣菜なんて」と嫌がる。わたしもフライヤハンバーグなどをちょくちょく持って行くが、あまり出しゃばると、今度は母の方から「お姉さんの立場が悪くなるから」と言われてしまう。加減が今ひとつ、掴めない。それとなく夕方、様子を見にいって様子を伺い、弱っているような日は何か一品。そんな感じだ。
そんな母に祖母の食欲はいい刺激だった。帰る道すがら、タンパク質タンパク質と呟く。
「でもねぇ、お肉とか、買い物に出るのも億劫なのよね」
ニューヨークも体操教室もバーゲンも朝からハツラツと出かけて行くくせに、近所のスーパーがめんどくさいらしい。
「言えば買い物くらいいつでもいってあげるのに」
毎日、御用聞きに行ったとき「う〜ん、今日は冷蔵庫にあるものでなんとかするからいいわ」と言うアレは、食材があると料理をしなくちゃならなくなるからめんどくさいということだったのか。それならそう言えば持って行くのに。よくわからん。
「ラジオで魚の缶詰とか置いておくといいて言ってたよ」
私の負担になりたくないのならとアレコレ思いつくまま言った。
「うなぎのレトルト買っておくとか。あ、煮豚、作って持ってってあげとこうか。あと、お米炊くとき、一緒に卵をアルミホイルでくるんで入れてゆで卵作っておくとか」
「そうねぇ。お姉さんがねぇ」
姉受けのする料理でないとならないらしい。基準として。
「じゃぁフライとかあげた日はこれから持っていってあげるよ」
「あなたなんかあてにしてないわよ。そんないつ倒れるかわからないような人に」
く〜っなっまいきな。まだまだ枯れてない。
しかし、わかっている。これは照れ屋の母が精一杯、私を庇っていると。
「あ、やめた。よそう。やばいやばい、せっかく弱って大人しく老人らしくなってきたのに、元気になっちゃう。いいのよお母さん。毎日おかゆでも。」
笑いながら言うと、これが気に入ったようで
「みんなに言ってやる。娘が言うのヨォ。お母さん、おかゆだけ食べてなさいって。お肉なんか食べちゃダメって」
「当たり前じゃない。これ以上パワーつけられたらたまったもんじゃない」
背中に夕焼けを背負ってゲラゲラ笑いながら家までの道を歩いた。