ただの毎日の中で。専業主婦の平和すぎる日常

自分の思っていること、ちょっと引っかかったこと。誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

飛び込んできた言葉

「それと、先のことが不安でない人間なんて、この世にいませんよ。お金があっても美人でも、見えない明日は不安です。あなたも私も誰も彼も、生きていることは不安で悲しいのです。」

フラフラと迷い込んだサイトで脚本家の大石静さんが誰かの悩み事に答えていました。

私に向けられた言葉だ。そう思いました。

私が、いくら自分に、一度死んだのだから、この人生、生きていることだけでいいじゃないかと言い聞かせても、体調が良くなるとなにかやろうと、隙間の時間を埋めようとするのは不安だからなのでしょう。

しっかり自分で自分に没頭する時間を持って、小さく小さくリセットしながら生活していないと、自分の人生を何か得体の知れないものに舵を取られてしまうような恐ろしさがあるのです。

それが普通の人より強いのかも知れません。

「生きていることは不安で悲しいのです。」

ここに祖母の言葉か重なります。

「生きるってそういうことよ」

あぁ。誰かにそう言って欲しかった。

今の私は母にも夫にも姉にも息子にも親友にも、心の奥底に抱える不安など言いません。言いたいとも思いません。

それは拒絶ではなく、私の人生だから。

私の不安や孤独や日々の葛藤は私が抱える責任があるのです。

「あなたも私も誰も彼も、生きていることは不安で悲しいのです。」

そうなんだ。みんな、そうなんだね。みんな、そうやって自分を転がしながら生きているんだね。

誰かに言ってもらって、少し肩の力が抜けました。

私は私らしく不器用に歩こう。投げ出さないで、続けるんだ。

格好悪くても。オシャレじゃなくても。不格好でも。

それしかないじゃない。始めちゃったんだもの、この人生。

やりきるしか、ないのです。

どうせなら、ストイックにならず、楽しむゆとりも持ちましょう。