お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

ピアノの発表会

ピアノを弾き終え、舞台から降りて、廊下に出ると、お父さんとお母さんがいた。長い廊下の向こうの端にお父さんが前でお母さんがその後ろに立っていた。

お父さんは顔じゅうで笑って、私が出てくると両手を大きくパッと広げた。

私は緊張が解けたのと、その開いた腕が嬉しくて、走り出す。

走ってお父さんの胸に飛び込んだ。

「よーしよしよし」

ぎゅうううっと包み込んでから頭をグシャグシャにこねくり回す。

お父さん。お父さん、お父さん。

今でも思い出す。

トースト

冬のキーンと寒い日。四時間目のことだった。

二年生のクラスで国語の時間、いきなり先生が「外、散歩しよう」と言った。

私たちは学校から外に出て歩くっていうのが、特別な感じがして、きゃあきゃあ声をあげて喜んだ。

背の小さい子から順に、男女二列に並んで、手をつないで歩く。先生が先頭を歩いていくのについていくので行き先も、どれくらいの距離かもわからない。

でも、そんなことはどうでもよくて、いつも見慣れている街の中をいつもは学校にいる時間に見て歩くのは面白かった。

手がきんきんして切れそうに痛い。息が白い。

ぐるっと回って教室に戻ると、もう給食のワゴンが廊下に届いていた。

「パン、焼こうか」

教室の前にあるストーブに先生が自分の食パンをのっけた。

今日の先生、どうしちゃったの。特別大サービスだ。

またもやみんな、大興奮。僕もやる。私も。

「自分でやると火傷するから、やって欲しい人は先生のところに持っておいで」

おばちゃん先生のところにずらっと生徒が並ぶ。

教室中に焼けたパンのいい匂い。

いつもよりマーガリンがとろけて溶けていく。

「隣のクラスのお友達には内緒よ」

「はーい」

「でも、これだけいい匂いさせちゃったら、もう、わかっちゃうね」

あの日、先生はなぜ急にこんなプレゼントをしてくれたのだろう。

どんなに頼んでも、この日きりだった。

後から怒られたのだろうか。

魚焼きグリルでパンを焼くといつも思い出す。

二年三組の冬。

褒められた記憶

小学5年生の時。

学校の廊下で。

一階の職員室の並びに放送室があった。

いつもそこの扉は閉まっているのだけれど、その日はなぜか半開きだった。

放送室のドアは防音の綿が付いているから分厚くて重い。

放送委員の私はそれを知っていた。

その前を通り過ぎようとした時、風が吹いたのか偶然かわからないけれど

ギーッと扉がゆっくり閉まり始めた。だんだん勢いがついて早くなり、もう少しで閉まるっ。

バッターン!という大きな音がするのを止めようと、走ってドアに近寄って両手でぐいっと一旦、止めて、そして閉めた。

パチパチパチ。

振り返ると隣のクラスの担任の若い男の先生が立って拍手をしていた。

話したこともない先生。私はもちろん知ってたけど、この先生は私を認識していない。

「やるじゃん」

自分のクラスのよく知ってる子に言うみたいに褒めてくれた。

照れくさいのと嬉しいのとで、私はぺこぺこお辞儀をしてその場を去った。

それだけ。それだけの出来事。

あの先生の名前も顔も思い出せない。

なのに今になってもあの瞬間を思い出すとホクホクっとする。