クローバーの首飾り
母の日に。
クローバーでは首飾りを作ってお母さんにあげた。
「わぁありがとう」
母は喜んで、一日中、首にかけていてくれた。
私は嬉しかったし、少し、得意になった。
お母さんを喜ばせた。私が喜ばせた。幸せな気分にした。
次の日、母の首が真っ赤に腫れた。
クローバーにかぶれたらしい。
「あなたにもらった首飾り、あれで首が腫れたわ」
私は申し訳ない気持ちと、自分にがっかりするのと、何より悲しかった。
うまくなかった、プレゼント。失敗だったんだ。
それからしばらく、母は買い物で近所の奥さんに会うと必ず
「あら、首、どうなさったの?」
と聞かれた。
そのたんびに
「トンが母の日にって、クローバーで首飾りを持ってきて。喜んで見せなきゃわるいじゃない。一日首にかけてたら、こうなっちゃって」
と説明した。すると相手の人は決まって
「あらぁ。お気の毒」
というのだった。
とんちゃんは、もうやめてくれぇと、そのたんびに悲しくなるのだった。
買い食い
ガールスカウトの帰り道、駅の売店でお友達と買い食いをしているところを母に見つかった。家から遠く離れたところだったので、ここなら大丈夫と油断していたのだが、そういう日に限って、お母さんはバスに乗って駅近くの大きなスーパーまで買い物に来たのだ。
いきなり、首根っこをつかまれて振り向くと、怖い顔をして立っている。
「何してんの」
「あ・・・」
見ればわかるだろうに、もう一度聞かれた。
「だから、何やってんの」
どう答えたのか覚えてない。ただ、母は「お父さんに言いつけるから」とだけ言って、先に帰って行ったのは覚えている。
お父さんにいう。これは私の中で一番の脅しだった。お父さんに嫌われたくない。お父さんにお行儀の悪いやつだと思われたくない。お父さんにだけは言わないで。
見つかったことよりも、父に知れるということだけが私を暗くした。
父の帰りはいつも遅かった。だらしないこと、行儀の悪いこと、卑怯なことを一番嫌う厳しい人だった。機嫌のいいときは、くだらない冗談を言って私たちを笑わせるが、ひとたび品の悪い振る舞いや口の利き方をすると、ピシャッと切り離されてしまう。
「俺は品のない奴は嫌いだ」
私はハラハラドキドキしながら父に近づく。大好きなお父さん。
「ねえ、もう、お父さんに言った?」
「まだですよ。お父さん、忙しいから。土曜日にでも、言うから」
ジリジリ、脅されている私は毎日、暗い気分のままだった。
ある日、珍しくお父さんが早く帰ってきた。金曜日の夜だった。
父は機嫌がいいようだった。外でお酒を飲んできたのか、夕飯は取らず、奥の部屋で一人でお気に入りのジャズをステレオとヘッドフォンで聴いていた。
「ねぇ、今日、いう?お父さんにいう?」
「いいませんよ。いいから早く寝なさい」
明日か。明日・・・。とんちゃんは、暗い部屋で二段ベッドの下の段から上の段の板を見上げる。明日、怒られる。
ガバッと起き上がった。もう、今日、済ませちゃおう。苦しすぎる。
リビングにいるお母さんに「何してんの、寝なさい」と怒られたけど、その前を横切って、奥にいるお父さんの部屋を開けた。
「お父さん、あのね」
父はヘッドフォンを耳からはずし、こっちを向いた。どうした?という顔。
「私は、この前のガールスカウトの時、駅の売店で買い食いをしましたっ。ごめんなさいっ」
言いながら、ボロボロ涙がこぼれた。反省の涙ではなく、緊張感と恐怖の涙。
父は。あの時。父は。明らかに笑いをこらえて私を見た。
「わかりました」
それだけだった。
一年生のバレンタインの後悔
「昨日チョコレートもらった人〜、手をあげて〜」
次の日、担任の女の先生が教壇に立って、自分が手を手を挙げながら言った。
小学一年生にとってバレンタインデーなんて、お遊びみたいなものだから構わないだろうという大人の発想なんだろうが、なんでこの先生、こんなにデリカシーがないんだ。
とんちゃんは本気で先生に腹が立った。
教室のみんなは誰かいるかとキョロキョロしながらクラスを見渡している。
ここは知らんふりをしよう。隣の席に座っているトモ君の顔が見られない。私が手を上げないで、しらばっくれていることをなんと思うだろう。傷つけちゃったかな。でもこの状況で手を挙げればこの先生は、もっとデリカシーなくズケズケと聞いてくるもん。絶対にヤダ。
とんちゃんは、私は何にも関係ありませんというような顔でじっと前を向いていた。
早く、この話題、終われ。早く出席とってくれ。
するとその時。
「はい」
なんと隣に座っていたトモ君が手を挙げたのだ。
クラス中、きゃあきゃあ大騒ぎになった。
「トモ君。もらったの。誰にもらったの?」
最悪の展開。もう!この先生ったら。
「とんちゃんです。昨日、学校が終わってからもらいました」
え〜!え〜!ヒュ〜ヒュ〜!
女子も男子も一斉に私を見る。
とんちゃんはさっきまで、しらばっくれてトモ君に申し訳ないかなと思っていたのもすっ飛んで、立ち上がった。
「違うの!昨日、トモ君がウチにチョコレート持ってきてくれたから、仕方がないから、お母さんが買ってあった、お母さんのおやつ用のチョコレートをあげたのっ!」
言ってしまってから、しまったと思った。仕方がないからとは、いくらなんでもひどい。
「そうなの?とも君」
センスのない先生は聞いた。
トモ君が黙って頷いた。みんなはさっきまでの興奮が一気にしぼみ、なぁんだ、なぁんだと言い出した。
よかった。よかったけど。
とんちゃんはやっぱり、その日、トモ君の方を向けなかった。