ただの毎日の中で。専業主婦の平和すぎる日常

自分の思っていること、ちょっと引っかかったこと。誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

私が。陽気に。

ここに書くと、自分の心境が過去になる。起きている現象を文章に起こすと、そういうこともあったよねと、思う日がくるんだと思える。

全て過去。今一瞬も、ほら、過去になっていく。

そんなことあったっけ。

そんなこと言ったっけ。

 

ほらほら、いいからご飯ご飯。もう、鬱陶しいわね。

早くおたべ。

 

そうそう。お母さんはそれでなくちゃ。

突き抜けた陽気の磁場でいよう。

鬱陶しいものは振り払う!

薄情な私を許してほしい

息子の愚痴を聞いて、食欲がない、食欲がないと言われているうちに自分まで気持ち悪くなってきてしまった。強がってみたところで、引っ張られている。

もう、どうでもいいから陽気でいてほしいが、それも私の勝手な言い分だよなぁ。

いつもご機嫌というのは、簡単なようで、究極の技なのではないかと思う。

そうなんだ。

結局、不動のご機嫌を保っていられれば、怖いものはないのだ。

多分、息子の不安に引っ張られているのは、私自身が、まだ自分に言い聞かせているように、でんと肝が座っていないから。

何が怖い?私は何を恐れている?

鬱陶しいと言って、息子に冷たい母親だと思われることだろうか。

うっすらと気が付いていたが私は、失望されることを恐れる。

がっかりさせて、自分が原因で人の気分を害して、思いやりに欠けた人間と思われることを恐れているのだ。

だからとても注意して、家族といえど、相手のこころの機微を伺う。

私に優しさを求めないでほしい。

期待しないでほしい。

いい人なんかじゃない。

気が向いたときは優しくするが、心に余裕のないとき、自分のことしか考えていないちっこいちっこい人間なんだ。

息子が、また部屋に来た。相当、まいっているようだ。気の毒だが、もう、うんざりしているのが本音の薄情な私。

「なに?」

「・・・気持ち悪い」

「もう、私の口からは、なんとも出てこないよ」

あとは自分で処理してください。

きゅっと強張った顔をして、部屋を出て言った。

傷つけたか。私の心がきゅっとする。

18歳。

今夜はトマトのスパゲッティにしよう。愛情はあるんだ、応援してるんだと伝わってほしい。

 

揉まれる教材初級編

息子はあれから帰宅して、バタンバタンッと自分の部屋の扉と窓を閉め、ふて寝した。

そして今朝、8時過ぎに「気持ち悪い」と起きてきた。

「空腹が長かったから胃酸がですぎているのか、心配しすぎて胃にきてるのか。どっちにしても何かお食べ」

卵2個を使ったフレンチトーストにチキンサラダとトマト。とふかし芋。バターをかけてだす。

食欲がない、気持ち悪いと言いながら自分でナイフとフォークを出してきて食べている。

 

「辞めてぇよ、部活」

なんでもかんでもぱっぱぱっぱ思い通りにならないことを学ぶのにいい。これが病気とか、脅されているとか、ひどいいじめとかじゃなくて、ありがたい。この程度の教材で本当にありがたい。

 

人の感情に引っ張られる癖をなおすそうと思う

息子が部活を辞めたいのに、承認制度が何段階もある。 承認の第一段階は同学年三分の二の出席の上で認められるらしいが、なかなか必要人数集まらない。

退部するまでは月々の部費2000円や先輩への差し入れ、参加しなくても飲み会の会費や合宿費を徴収されるきまりになっているので、実際部活動に行かなくてもズルズルお金は払わないといけない。辞めたいのに辞められない。しかし、納得のいかないお金は出ていく地獄にはまっている。

今日も部長、会長と話をしても一向に取り合ってもらえず、出先から怒りを私にぶつける電話がかかってきた。

「・・というわけさ。」

「そうか。なかなか手強いね」

・・・・。

「どうしたらいい」

「私だったら、もう仕方ないから、次の部会の前日に同学年のグループラインで、これこれこういう事情で退会承認をお願いしたいので、出席お願いしますって流すかなぁ」

「それやだよ」

「でもそれくらいしかできないじゃない」

「そんなことしたって、誰もわざわざ会議に出てやろうなんてしないんだよ、無駄」

「ダメもとでお願いする価値はあるんじゃないの」

「もう、最悪、辞められるまでずっと2000円払い続けて、出席悪いから退会申告されるまで待ってやる」

「そう決まってるならなんで、どうしたらいいっていうの。聞くから私ならこうするっていうのを言ったんだよ」

「あ、そ」

ブチっと電話が切れた。あ、怒った。私があやさなかったから。

引っ張られないようにしよう。どんなに不機嫌に当たってきても、これは私が彼の機嫌をとるべきことではない。

感情を揺さぶられないように。引っ張られないように。

私は私に集中。自分の機嫌を保つことにだけ集中しよう。

良いお母さんだったら・・優しいお母さんなら・・と考えなーい。

走れた!

今朝、家を出てすぐ息子が腕時計を忘れたからこれから戻ると電話がありました。

「こっちからも持って途中まで行くよ」

「いや、玄関でいい。危ないから走らないで」

そうはいっても。洗面所脇に置いてあったのを掴んで走り出ました。

家の角を曲がったところで息子が向こうから歩いてくるのが見えました。

「はい」

「おお。ありがと」

道端で大きく手を振り見送り、くるりと家に向かって歩き始めて気がつきました。

走った。走れた。今、私、走った!

まるでアルプスの少女ハイジのクララです。「ハイジ、立ったわ、私、立ったのよ!」

クララは自分の足が悪いから立てないと思い込んでいたのが、立てたのでした。

同じく。入院した時に、股関節の骨折も見つかりクララのように立つところから歩くまでのリハビリをしたのが六年前。走るのはもう難しいよと先生に言われていたので、すっかり「私は生涯走ることはない」とインプットしていました。

走ったじゃぁん、私。なんだよなんだよ、医学を超えたじゃん。

ほんの20メートルの小走りだけど、走ったには変わりない。

ホクホク。

身を置く場所を選ぶこと

朝の散歩。今朝は雨上がりの道を歩きたくて、公園のジョギングコースではなく、家の前の遊歩道をまっすぐ進む。

昨日の大雨と雹にやられてしまった花や枝。「大変でしたねぇ。大丈夫ですか」と例によって怪しく心の中で語りかけながら空き地に咲いているのを眺めていた。花というのは気をつけて見れば見るほど、無限のデザインがある。人もそうなのだ。どうして飛び出て違うことを恐れるのだろう。

コンプレックス。体が弱くて体力が極端にないこともそうなのだが、もう一つ、私は容姿にも自信がない。よくある話と言われてしまえばそれまでなのだが、思春期になったころ母に、「本当に鳩胸でっちりで、何を着せても垢抜けない」と 服を試着するたびに言われていたことが根っこにあるのかもしれない。

大学になって男の子から交際を申し込まれても「美人じゃ緊張するから、あなたみたいに鈍臭い方がいいおもちゃになるんでしょうよ」と言われた。結婚し、出産し、息子が中学入学した年の春、倒れた。げっそりしても骨格は変わらない。もともと骨太なのが痩せるとガイコツみたいになった。

「あなた、そんなガリガリでコウちゃんの学校、行くの。一緒に歩いてないでしょうね。そんなお母さんじゃ、みっともなくて友達の手前コウちゃんが気の毒よ」

まさに、鬱真っ盛りで死にたい願望の強かった頃、これはこたえた。よって、もはや自信を持つという可能性は非常に難しい。夫や息子が「そんなことない、気にするな」と言ってくれても、いたわりの言葉をかけてくれているのだと思ってしまう。

そういうわけで私は一人で歩くのが好き。

へんてこりんな花を見つけると嬉しくなる。「え、私、へんてこりんですか?これが私ですが。」ときっぱり咲き切っているそのツンとした感じに憧れる。

 

いつものアスリートが走っている早朝の公園を離れて、8時過ぎの日曜の遊歩道はのどかだ。犬の散歩をしている人が歩く。大学の寄宿舎の落ち葉を掃いている管理人のおじさん。部活なのか制服を着て駅に向かう高校生。

ここでは私の遅い歩みも自分で気にならない。そうか。身を置く場所を選ぶことも知恵の一つなんだな。よりによって早朝、ジョギングするような健康優等生と健康に自身のない自分を照らし合わせていたのだからプラスとマイナスで隔たりは大きくなるに決まってる。我ながらどうしてそこに気がつかなかったのかとおかしくなった。

母のそばに身を置いて生活する私は、未だにちょいちょい囁かれる呪いの言葉で自分が醜く、無能だと思ってしまうが・・・そうか。そういうことか。

それで私は自分のテリトリーにこだわるのかもしれない。

自分で自分を立て直すカプセルのような場所を求める。

散々ボヤいておきながら綺麗事に聞こえるかもしれないが、今、母に恨みはない。ぐっと距離を置くことにして初めはいろいろあったが、それもだいぶ、お互い馴染んできた。そばにいると苦しくなるのは、どうしてもそのままだが、親子でも相性というものがあるのだ、悲しいことではないと自分に言い聞かせていると、後ろめたさも薄れる。

なんだかんだ言っても、こうして呑気に散歩して、花が綺麗だの、IKEAで新しい椅子を買ったのと喜んでいる、今のこの私にたどり着くには彼女との関わりと葛藤なくしてはありえなかった。

産んで、無事、大人にしてもらった。よく投げ出さないでくれたと思う。

ぶらぶら歩いて、また氏神様に辿り着く。

やっぱり願い事はしない。

 

神様。ここまで導いてくださってありがとうございます。これからもよろしくお願いします。私は察しが良くないので、神様どうぞ、これならわかるだろってくらい、わかりやすいサインを出してお導きください。

次の課題は笑い

夫は早朝、姫路に戻った。7時に新宿のバスに乗り、夕方4時に着くそうだ。

朝食を出し、食べ終わってコーヒーを飲んで出発の時間までくつろいでいるその時になっても、今日からまた息子と二人の生活になるということがピンとこない。

予定していた6時45分。「あぁ。このままここにいたいなぁ」そういうのを聞いて、あぁ、行くのだと思う。

今回は一週間の滞在だった。前回の二泊三日と違って、しっかり家庭の形に戻ってしまったので、思っていたより戻りが辛い。

寂しいとかではなく。やっぱり、家のバランスを取り直すことが。

夫を門の外に出て、見送る。道の曲がり角で振り返るまで後ろ姿を見ていたが、会社への土産に仕事道具に身の回りのものを詰めた大きな鞄と紙袋をゴロゴロ引っ張って歩く背中はなぜだか泣きたくなった。もう会えないわけでもないのに。一緒にいるとイライラするのに。やれやれと思っているのに。

これから帰って、一人でご飯を食べるんだなぁ。一人で。なんでも一人。

今回、熱を出したり、体調が悪かったがなんとか寝込まず夫を自由にさせることができた。寝たいだけ寝て、食べたいものを食べ、一切、家のこともせず。それくらいしかしてやれなかったが、ギリギリできたのでホッとする。

見送って家に入ると、さっきまで夫が飲んでたコーヒーの飲み残しがテーブルにあった。

ほうらな。こうやって痕跡残してくなよ。いないんだなって思うじゃないか。

だから昨日の散歩も嫌だったんだ。今日は、二人じゃないんだなって違いを感じるから。

甘えるな。甘えるな。

そういえば、体がしんどかったからだけど、今回、あまり笑わなかったかもしれない。

次回はまず、笑うを優先順位の上に持ってこよう。サービスするより、笑いを。

いい奥さんより、笑いを。

次回は冬だ。