お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

やりたい放題

最近、なんだか、ちゃんとしようという自分への規制がどんどんゆるくなっている。

夫が起きるまでに朝食を作っておこう。やめた。

毎日献立は家族が喜ぶものを作ろう。やめた。

夕飯は6時半には出来上がって。やめた。

家族の食事は私が用意してあげる。やめた。

栄養のバランス。極端じゃなきゃいい。二週間でバランスみれば。

そして一番はこれ。自分勝手に自由気ままに過ごすのはもう少ししてから。今はまだ、主婦として母として家庭を運営する人であろうというやつ・・・。

やーめた。

なんとなく買い物帰りに本屋に寄って、ドトールで本を読む。時間も気にしないで好きなだけ読む。やってみると、30分もいれば満足することがわかった。6時過ぎに家に帰ってそこから夕飯の支度をはじめても、それなりになんとかなるのだ。

私は体が弱いので外出を控えてきた。虚弱のくせにほっつき歩いて体調を崩すと「わがままだ」と母に怒られるので、出なかった。

家にいると、家事くらいしか考えることがない。次のご飯は。明日のご飯は。あそこの掃除は。ちゃんとやったっけ。

外に出れば、自分の気持ちはあちこちに分散されるからあらゆることが薄れて「まあ今日はいいか」になる。

たまに外出すると、これが嫌だった。

その日、ちゃんとしなかったから、明日はしないとなぁと、自分に課せを作る。するとその翌朝は「今日はちゃんとしないと」と思う。今日はちゃんとご飯を作って、ちゃんと掃除もして、ちゃんと・・。

ちゃんとってなんだよ。

ちゃんとやらなくても家は回るって今頃わかった。

朝、ご飯前に散歩に出ちゃって、帰ってきたら夫は起きてた。ご飯の用意もしてなかったけれど、納豆と残ってた味噌汁をあっためて機嫌よく食べてた。

「おかえりぃ。散歩行ってたのぉ?」

えぇっ!

夕飯作るのが面倒だったので残ってたカレーに買ってきたチキンカツを乗っけて出した。

「おっ。カツカレーじゃん」

まじっつ。これでいいの。

機嫌のいい食卓には手の込んだ母の手料理。笑顔の食卓。

これを毎日狙いにいくこたぁなかったのね。私は毎日できもしない目標掲げて毎日打ちのめされて。たまぁに今日は良くできたかかもと言う日に限って家族が喜ばなかったり眠ったりすると、必要以上に頑張った分、無性に哀れな気分で落ち込む。

ちゃんとした。

私が追っかけてたのはちゃんとしたお母さん。

 

ある時から、母からの評価が疎ましくなり、何やっても言っても、ダメ出しされるんだから、もう、いっそ評価の下がる行動をしようと決めた。母が良かれと思って買ってきた服も、気に入らなきゃ、着ない。息子や夫に時間を合わせて常にスタンバイしているという姿勢も、したくない時はしない。わがままと言われようと、ほっつき歩きたくなったら、ペース配分なんて考えないで衝動的に行っちゃう。

 

わたしのちゃんとは、この人に向けてのちゃんとだったのか。

ちゃんとをやめて、不満は今の所、誰からも出てない。夫も息子も機嫌がいい。わたしも変な期待を自分にしなくなって気楽。

まぁ相変わらず、やりたい放題をしていると今に大変なことになるわよという呪いの言葉は聞こえてくるけれども、その気配もない。

これからの目標は、いかに死ぬまで毎日機嫌よく過ごすか。

これでしょう。

 

隣の席

ドトールで本を読んでいました。

隣の席に中年のご夫婦らしき男女が座って、クリアファイルの中の書類をいくつかテーブルに乗せて黙っています。

ご主人はマスクをして、銀縁眼鏡。機嫌悪いのか眉間にしわを寄せてファイル越しに中の文書を見ています。

女性は注文していたケーキを持ってきたり、水を汲みに行ったり、落ち着かないというか、あたふたしているというか、まぁゆったりしてはいないなぁ。

この旦那、ゴミは出さないな。

きっと家でもこんな感じで、仏頂面で座って黙ってご飯が出てくるのを当然のように待ってんだろう。

マスクをしているその顔はシミがあり、土色にも見える。髪に白髪が混じっている加減と銀縁眼鏡から、死んだ父の面影と重なった。

父は癌で62歳で死んだ。

あぁもしかしたら。この仏頂面も良くない病気を抱えているのかもしれない。うちも母が病気の父をかばってあれこれと身の回りのことから何から、良く動いていた。そうやってみると、奥様のキュッと束ねた黒髪も、化粧っ気のない顔も、華美でないセーターと黒いパンツという姿も看病疲れのように見えてきた。

病院の帰りの休憩だろうか。あの書類も病状に関したデータか、入院準備のものか。

奥様が「そろそろだから行ってくるわね」と席を立ち、入り口のところで若い男性を出迎えた。頭を下げ、促しながら、連れてくる。

銀縁おじさんも、「どうもお世話になります」と頭を下げた。

医者じゃない。会話が軽い。

生命保険営業マンか。

もう胸が苦しくなって、これ以上追いかけるのをやめた。

 

本を読んでいると、笑い声が聞こえてくる。

「いやいや、もう、それは。信頼してますから。経験も豊富でしょうし。素人考えよりも、な。」

「えぇ、お任せして間違いないからって言われてますのよ」

あぁよかった、つかの間でも笑顔になって。和んで。

「キッチンは・・・」

オール電化ってどうなの?」

「エレベーターが」

え。なに。家、建てるのか。よかったよかった。

ちらっと見ると、さっきの土気色がツヤツヤして見える。なんだか遠足のおやつを選ぶ子どもみたいに可愛らしく見えた。

希望があると、人は若返る。

生きるエネルギーになるのね。

 

私は勝手に自分の中で真実を発見し、納得する。

さ、もう帰ろうか。ご飯の支度もあるしな。

 

と思いながらも、あと数ページで切りのいいところに行くので読む。

「待合室は・・・」

「診察室は・・・レントゲン室と別でね」

「この前はさ、ちょっと狭かったじゃない」

え?え・え・え?

何、病院、作るの?開業医のおじさんなの、この人、奥様は院長夫人なの?その引っ詰め頭は。

「そう、この前より今度はもう少し広くしたいのよ。」

 

もう一度見ると、仏頂面オヤジの肌色はテカテカして、笑顔満面で、この世の勝者みたいに見えた。

保険の営業マンだった「私が来たからもう大丈夫」と言った感じの若い男も、今度はペコペコ、大きな仕事を任せてもらう建設会社の営業に見えてきた。

 

あと、5分。あと5分早くこの店を出ていたならば、あのオヤジさんは私の中で余命何年かの人のままだった。

妄想って真実じゃない。

一番目沈丁花が咲きました

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庭の沈丁花の一つ目が咲きました。

小学校5年生の時の国語の教科書に載っていた詩です。

光村図書でした。


じんちょうげの花
                      峠 兵太
  


        タバコ屋さんの横をまがると
        じんちょうげの花のかおりがします
        その花のかおりをたよりにきてください
        すぐにわかります
        となりの街にひっこしていった
        あの子のたんじょう日の招待状に
        そう書いてあった

 

今でも好きな詩です