お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

小雪舞う2月

午前中、都内もチラチラ小雪が舞った。

寒いんだろうな。寝起きの暖かい部屋からぼんやりと空を眺める。

ラジオではバレンタインデーのチョコレート特集で、どこそこのデパートのなんとかっていうチョコレートが美味しいんだと言っている。

バレンタイン。

夫に一つ。息子には去年からはやめた。高校までは男子校だし、夫にあげるついでに渡していたが、大学に入り夫も単身赴任なので、ここからは自力で頑張れということにした。

大学4年生のあの日の渋谷も小雪が舞っていた。

当時付き合っていた男の子と待ち合わせをしていた。土曜だったのか、日曜だったのか、なぜかその日は父も家にて、私が鏡の前で髪の毛をクルクルにして、口紅をつけ、踵の高い靴を履いて出かけていくのを知っていた。

「行ってきます」。

そう言った瞬間から気持ちはもう、彼に向かっている。

少し遅れちゃったと早足で歩く。コツコツ。コツコツコツコツ、カッカッカッカ・・。

待ち合わせの場所がハチ公だったのは、二人とも渋谷をよく知らなかったからだ。表参道も青山もわからない。渋谷のハチ公なら。それくらいどちらも世間知らずの子供だったのだ。 

着いてあたりを見渡すと彼はまだいない。よかった。

ハチ公の前に立つ。5分過ぎた。こない。15分。こない。30分。こない。

いつも遅れてくる癖があった。不思議とそのことをなんとも思っていなかった。

むしろ、いつ彼が現れて私を見つけてもいいように、常に笑顔でいるよう細心の注意を払って待っていた。

45分経った。おかしいな。いつもそろそろ来るのに。今日はもっとかかるのかな。

娘は冷たい風の中、薄ら笑いを浮かべてただ、待つ。携帯も何もなかったから、ちょっとどこかに温まりに行っている間にやってきたら大変だ。その場を動かず、ひたすら待つその哀れな姿を皮肉なことに忠犬ハチ公がじっと見下ろす。

雪が降り始めた。しだいに雪が霙になる。

雪の中恋人を待つより霙では、さすがに自分が惨めになってくる。3時間待ち、そのまま家に帰った。バレンタインのチョコの入った小さな紙袋を持ったまま、スゴスゴ地下鉄の階段を降りて行きながら、そのくぐもった暖かさにホッとしたのを覚えている。

結局、その晩電話があり、男友達にデートだと知れると麻雀に誘われそのまま拉致され抜け出せなかったと謝られた。

「・・・怒ってる?・・・怒ってるよねぇ・・ごめんね?」

半笑いでこちらの様子を伺いながら甘ったれたように詫びる。

「もう・・いいけどさ・・寒かったよ」

完全に私の方が好きだった。

大好きだった。彼も。彼のまとう空気も。話し方も。その甘ったれた根性も。

彼に恋していた私は恋に恋していた。

 

社会人になり3年で会社を辞めたころ、夫の会社帰りに私の家の近くの喫茶店で待ち合わせをしたことがある。

夫はいつも私より早く来て待っていたが、その日は残業が入り、15分遅れてきた。

「ごめんごめん、急ぎの案件が入ってさ、この店の電話もわかんないしさ」

「あと5分待って来なかったら帰ろうと思ってた」

「よかったー」

すぐ近所のくせに本気で帰ろうと思っていた。

すでにその時婚約をしていたが、いじましく待たない自分に「あ、この結婚大丈夫」と思ったのを覚えている。

 

ちょっと高価なトリュフをふた粒。そして柿の種。

夫はチョコレートを大喜びするくせに、真っ先に柿の種に食いつく。トリュフはいつも私が食べる。

今年は忙しく2月は帰って来られないらしい。

ふた粒と柿の種。派手なラッピングして送ってみよっか。