ちっちぇー
本屋で単行本二冊買い、もう今すぐに読みたくて隣のドトールに入った。
本は買った瞬間の鮮度が大事だ。読みたくてワクワクしているのをやり過ごして「これを片付けてから」と夕飯の下ごしらえや洗濯物を取り込んで風呂を洗ったりしているうちに家族がやってきて話などしていると、さっきまであれほど魅力的だった本も「まぁ明日落ち着いたときにでも読むか」といったん本棚に収まってしまう。
そうなると、もうその本を立ち読みしたときのピンときた感覚も薄れてしまう。
買ったらできるだけすぐ読む。たとえそれが数ページだとしてもいいから読み出す。
いったんその本にグイグイ引き込まれば、あとはもう途中で本を閉じても離れられなくなる。
ワクワクがまだ湯気を立てたまま、ドトールで席を確保し、レジに向かった。
コーヒー。ブレンドの・・・少し長く居るからMにしとこうか。
「ブレンドのM、お願いします」
店員の若いお兄さんはMですねと確認し、レジを打つ。若葉マークをつけている。新人らしい。
するとその横からスッと女性の店員がカップソーサーを私の前に置き、コーヒーを入れに一旦引っ込み、すぐカップを持って戻ってきた。それを皿のうえにカツンと置く。いかにも手馴れているといった様子だった。
あれ、Mってこんな小さかったっけ。
そう思ったのと同時に隣のさっきの若葉マークのお兄さんが
「あ・・Mサイズ・・・」
と呟いた。
「はい?」
女性店員は「だから何?」と怪訝そうに彼を見た。レジは混んでいる。後ろに長い列ができていた。
おそらく、彼女は彼1人では無理だろうと助っ人にきたのだろう。確かに有能な人のようで動きに無駄がなく、ものすごく早い。
彼は彼女の勢いに飲まれたのか、それとも自分が間違えたと思ったのか
「あ、いえ、すみません」
とすぐに引き下がった。
私も自信がないので、そのまま受け取った。
会計をすませ、レシートをもらう。いつもは置いてある箱に入れてしまうのだが、なんとなく、レシートに書かれたMというのを捨てがたく、財布にしまう。
席に着き、クリームを入れて数口飲んだ。
手にしたカップの大きさがいつもと違う気がする。
やはり腑に落ちない。これはSではなかろうか。
キョロキョロ辺りを見回し、ほかの人のコーヒーカップの大きさを見比べる。
あれはL。あれもL。これと同じ大きさのカップの人は・・・。
そこに、帰りがけの人がトレーに二つのカップを乗せ、食器を戻すところに運びに来た。
あ!あれだ!
私と同じ大きさのと、その横にさっきのLよりやや小振りのものが並んでいる。
やっぱりわたしのこれはSだったのだ。
どうしよう。Mって印字されたレシート持ってるし、言いに行って取り替えてもらおうか。
でも、クリームも入れて三分の一くらい飲んじゃってるし。
どうしようどうしよう。きっとさっきの女性店員、ムスッとしながら対応するんだろう。さっきもニコリともしてなかった。
ドキドキしてきた。
私はなにを主張したいのか。
差額の50円が惜しいのか。コーヒーをもっと飲めるはずだったのにと残念なのか。
正直に正直に考えるとどっちも違う気がする。
仏頂面で自信満々の彼女に「間違ってたよ」とギャフンといわせたいんじゃないだろうか。わたしは。
それがなんになる。彼女が自分に面白くなさそうにでも「すみません」と言えば満足するのか。
ドキドキもおさまっていた。
ちっちぇーな、我ながら。
ちょっと冷えたSサイズのコーヒーをもう一度飲んでから、さっき買ったお楽しみの本を広げた。