照れ屋さんのありがとう
「これ、ありがとうございました」
ひと通り注文の品を渡したあと、ゴニョゴニョと小さな声で生協さんが貸していた千円を渡してくれた。
むき出しで貸したのに、丁寧に茶封筒に入っている。
先週、配達に来た時「いやー困っちゃいました」と、いきなり呟き出したお兄さん。
普段、無口な彼の方からこうして話し出すのは珍しい。
「どうしたの?」
「いやー、今、駐車場に車止めて降りた時、どっかに財布落としたみたいで・・駐車料金払えない状況なんですよね」
貸してくれと言うわけではない。しかし、それと察してくれないかなぁという気配はぷんぷんさせている。
「貸そうか?」
いいんですかっ?すみません〜助かります!と喜ぶかと思いきや、
「はぁ。じゃ、いいですかね」
といたって冷静な返事で物足りない。
なんだよ、と思ったと同時に、あ、私の方に「してあげてる精神」があるからだと己を恥じる。
「じゃー来週、返しますんで」
彼はそのまま首をうなだれて帰っていった。
よくよく考えてみれば、財布丸ごと落としたら、ショックの方が大きくて、そんな簡単に明るい対応ができるはずもない。財布を落としたのに、配達はまだまだ残っているし、駐車料金をどうしよう、カードを止めないととか混乱していたのだ。
「してあげる精神」というのはいやらしいな。
側でやり取りを見ていた息子が「大丈夫なの?」と怪訝そうに言う。
「駐車場っていうけど、この辺そんなのないじゃん」
言われてみればそうなのだが、それは多分嘘ではなくて、この辺は路上駐車だとしても前の配達先での出来事で、今気がついたのかもしれない。
「こんな身元もしれてる相手に、千円ごときでつまらない嘘ついてもしょうがないじゃん」
「母さんはなんでも信じてすぐ騙されるからな」
半分冗談混じりに笑われた。
「嘘だったとしても、来週まで後味悪く過ごすくらいなら、騙された方がいいよ」
そのお金が戻ってきたのだった。
「お財布、あった?」
「いやーありました」
「よかったじゃない、よかったね」
よかったよかったとホッとしているのに、彼はやっぱりテンションが低い。
「いやー、カードとかは無事だったんですけど、中身は持って行かれてましたね」
「いくら入れてたの?」
「持ち出し用なんで、大金は入れなかったんですけどね、三千円ほど」
三千円で厄払いできたと思えば御の字じゃない、身分証明書やカードが抜かれていたらそれどころじゃないよ・・・と伝えたくなったが、やめた。息子じゃないんだし。
でも、その程度で済んでよかったねと、もう一度言うと
「いやーどうなんでしょうね。まぁよかったんですかね」
この人、照れ屋なんだな。
その照れ屋の彼は門のところにまで来て
「ありがとうございました〜」
と初めて聞くような大きな声で言い、逃げるように帰っていった。
嬉しかった。