お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

優しくされたい人

人が亡くなると、当事者に近い人ほど悲しみにくれているわけにはいかない。

父の時もそうだったが、舞台裏では葬儀場の決定、遺影、食事、だいたいの人数、日取り、戒名、ちゃっちゃか決めていかなくてはならないことでひっくり返っている。

そして大抵そんなとき、意見があちこちから出て、一つに決まるまで一瞬、刺々しい空気になったりするのだ。

母は主要メンバーのつもりでいる。が。わたしは「準メンバー」だと思うのだ。

長女であっても、長いこと同居してきたのは末の弟とその妻、孫たちだ。

喪主は叔父である。いくら段取りが悪かろうと、お金をケチってると思おうと、よっぽどのことでない限り、そのやり方でいいのだ。

今朝、そのことを延々と愚痴る母に、真っ向からそう言うのは酷なことなので「ふんふん」と聞きつつ、合間合間に「だって、喪主だから、叔父さんが」と半分ユーモアを交えて挟み込む。

「仕方ないよ。だって喪主だから」「そういうものでしょう、だって喪主だから」「喪主には喪主の想いがあるんでしょう」。

妻の前で姉さんから「あれほど準備しときなさいっていったじゃないの」とやられる叔父さんも気の毒だし、それを聞かされている祖母も切ないじゃないか。とまでは言わなかった。母はこのような場合、パツンとつつけば、ぐずる子供のようにわけわからなくなり泣いて怒り、拗ね、相手をなじり、いじける。

なんともないわと言いながら、堪えているはずだ。優しくされたいのだ。

「で、孫ちゃんに昨日、出るでしょって言ったら授業があるからいけないって。私、泣きたくなったわ」

話があちこちに飛ぶ。

昨日深夜、1時ごろ私が寝た後、まだ一階にいた息子のところに土曜が通夜で日曜が葬儀だからいけるでしょ言ったこと、それに対して息子が授業とバイトで無理だと答えたこと、父さんが出るつもりだし、私の姉が海外旅行に行くから参列しないというくらいだからひ孫のお前は無理しなくていいと母さんが言ったことも付け加えて伝えたこと・・・は今朝息子から聞いた。

「お葬式っていうのは一度しかないんだよって言い残して帰った。オレ、いかなくちゃダメか?」

母は・・・またそういうふうに真綿で人を追い詰める。

姉には「もう大往生だから遠慮しないで旅行、行かせてもらいなさい」と言ったと聞いたので正直、息子には出て欲しいと思っているなどと予想していなかった。こまった。

「出た方がいいのよ、逃げないで」

「まぁまぁ、葬儀には夫が出てくれるって言ってるし。土曜の授業は進路に直結するのよ」

ここでお姉さんは海外行くのになどと言おうものなら話は更にややこしくなる。

「とにかく、私だと役不足だろうけど、私はどちらも一緒にいくから」

「あなたじゃ、ダメよ」

あ、やっぱり。

「わたし、あんなふうに冷たく言われるなんて思わなかった、泣きそうになったわ」

男の子なんてそんなもんです。父の優しさに包まれてきた母には辛い仕打ちだったのだろう。

結局、最終決定した通夜の時刻が、どう頑張っても埼玉の校舎から神奈川まで駆け付けるには無理なことが明らかになったので私が「本人は学校から行く気になっていたけど間に合わない、無理だわ」と母に伝えた。

夫が日帰りで兵庫から来てくれるので葬儀も火葬も精進落としもちゃんといるからと言うと

「ま、無理なら仕方ないわよ」

と丸くおさまった。

「孫ちゃんも出席するって言っちゃったから、私、嫌だからあなた、急な用でダメになったってことにして、言って」

はーい。

しばらく、母は取り扱い注意なのである。