まだ死なないよ
母のところに郵便物を持っていって帰ろうとすると、
「あ、ちょっと待って、あなたに聞こうと思ってたんだ」
と呼び止められた。腕を組んで、眉間にしわを寄せ、さも深刻そうな顔つきで私を睨む。
「なに、頼むからさ、その、いちいち何か話をしようと思うときに腕を組むの、やめてくれないかな。怒られるみたいでやだわ」
条件反射で、今度は何を叱られるのだろうと構えてしまう。
「だって、大事な話だもの。お金の話」
「あ・・そう。」
ちょっとそこに座りなさい、と言われ、テーブルの椅子に腰掛ける。座れということは、こりゃ長いなと覚悟を決める。
話は相続税のことやら、土地の名義がどうなっていて、必要な書類は銀行の金庫にあるなどということだったが、どれも以前から聞かされていることで新しい情報はなかった。
「お姉さんが独身でしょ。あなたはいいけど、あの人は1人だから心配なのよ。だから私が死んだ後2人で分けるんだけど、お姉さんの方に多くしておくけどそれはそういうことだから」
あぁ、それを言いたかったのか。
全く構わない。借金を残さずにいてくれるだけで御の字だ。
姉とは、母が亡くなったら一緒に暮らすことになるだろう。私も夫もそのつもりでいる。姉がそんなの窮屈だと言えば話は別だが、寂しがりやなので、同居はしなくとも恐らく二世帯での生活は続く。
そのとき、独り身の姉の経済状態を心配しながら付き合うくらいなら、幾分たっぷり持っていて、今のように趣味の旅行やコンサートにいけるくらいの余裕のある暮らしをしていてくれたほうが、私もありがたい。
「自分のお金なんだからなんの心配せず、好きなように残せばいいよ。私たち、そんなことで揉めないから、大丈夫」
「でも、今はそう思っていても、いざとなると人の心は変わるものよ」
それを言われたらどうしようもない。本当に借金さえなきゃいいのだが。
「大丈夫だよ。心配していることは何も起きないから。第一、死ぬ死ぬっていってるけどどう見たって、当分死なないから。あなた。まだまだ大丈夫。」
笑って毒吐くと眉間のシワが緩んだ。
「まあね、申し訳ないけどあと、10年は生きると思うわ」
「10年で効くわけがない。母親が102歳の娘が。大丈夫だよ、心配しないで長生きしなさい、オムツでもなんでも面倒みるから」
「その頃には使い切っちゃってるかもね。お母さん、カッコよく遺産相続がどうのこうのって言ってたけど、あれどうなったの?とか言われてね」
そうそう。たぶんその頃になっても、「そういうもんじゃない」と小言を言って、私にうるさがられているのだ。
・・・えっ・・・?