わたしの分
虎屋の羊羹が帰ってきた。
夏の帰省中、会社の上司に手渡すために買い求めたのだが、タイミングを逃した夫が持ち帰るといいながら、帰ってくるたびに「あ、忘れた」と、ずっと彼の会社の机のしたにあったものだ。
鞄から出てきた黒い紙袋は、思っていたより小さい。
奮発したので、もっと大きなものだったと記憶していたが、あれれというくらい、小振りのものだった。
思い入れのぶんだけ、イメージの中で膨らんでいたようだ。
さっそく食べる。水ようかんと、小形羊羹のパッケージにひまわりと入道雲の絵が印刷されている。
「ほら、夏の手土産限定商品だから、ひまわりなんだよ。水ようかんも夏のお菓子だもん」
どんだけ、季節が過ぎたかっちゅうことだよと、夫に突っ込みを入れつつ手を伸ばす。
黒糖水羊羹にした。
虎屋の黒糖羊羹。大好物だ。ねっとりとした重みのある甘さ。これを楽しみに待っていたのだ。
幸い先週、主治医より甘いもの解禁がでたばかりなので後ろめたくもなんともない。いつもは恐る恐る半分でやめておくが、今日は丸ごと一個平らげる気満々だ。
いざ。
むっちりとした黒光りしているところに、スプーンを差し込む。水羊羹なのに、手応えがある。おお。さすがだ。
口に運ぶ。舌で崩しながら柔らかく柔らかく噛み、のみこんだ。
「なんか、しっかりとした味だね」
ずっしりとした甘さに夫も驚く。
そりゃあ、会社の取引先へのお詫びの手土産といったらここと言うくらいだからね。と、仕入れてきた私は、さも自分が手がけた商品のように威張る。
夫は水羊羹と小型羊羹ふたつ、食べた。
「息子にのこしておいたほうがいいかな。あの人、ふだん羊羹食べないけど」
「念のため一応とっておいたら」
母と姉のところに4っつ。夫が2つ。私がひとつ。息子にひとつ。あっという間に残りは4個になってしまった。
おかしい。ちまちまゆっくり、ひと月くらいは楽しめる算段だったのだが。思っていたより数も少なかった。
まあいい。どうせ息子は食べない。そうしたらそれも私がいただこう。
ところがこの息子。
「羊羹、あるけど、食べる?」
とだけ、言ったのに。虎屋は、あえて外したのにだ。
「有名なの?」
勘がいい。
「うん、まあ。でも、ただの羊羹よ、普通の」
「一応、ひとつ、いただいておこうかな」
くうっ。
残るはあと4つ。夫は明日の朝も食べるだろう。息子はどうなる。
わたしの分はあと、3つか、4つか。
そして今日、性懲りもなくまた夫に頼まれ、デパートに新たなる手土産を買いに行ってきた。
今度は部署全体用だから、戻ってくることはあるまい。
それでも念のためにと、自分の好きなもので沢山入っているものを選んで買って帰ってきた。