お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

繊細なのはこっちですよぉ

最近、教授にレポート提出したクラウド上に、意味不明な写真がすらりと載ったという出来事があった。おそらく、非常勤のお爺さん先生はシステム自体、詳しく設定まで把握していなかったのだろう。

出す方か受け取る方か、どちらかの設定になにか、抜けがあったのだ。携帯からアクセスした学生のカメラロールが丸ごと流出してしまったようだった。

「恐ろしいぜ。だから俺、やだって言ってたんだよ」

たしかに息子はこの提出方法を指示された時から嫌悪感を示していた。

個人情報の管理がズブズブだ。これにアクセスしてもし、僕のプライベートの写真やこれまでのレポートが同期しちゃったらどうすればいいんだ。

相変わらず細けえ奴だなぁ。

「そんなさぁ。大丈夫よ。これまで先生、それでなんの問題もなくやってきたんでしょ」

息子はそれでも一旦、自分のデータをUSBとハードディスクに保存して、携帯本体のデータは空っぽにしてからアクセスしていた。

こ、細かい。。、。あいつ、あんなんでこれからの社会、やっていけるんだろうか。

息子の繊細で気遣いのある優しいところは、私は秘かに「うまく使えばモテるぞ」と思うくらい、イケてるところだ。

が、この細かさは・・。神経質というか、気にしすぎるというか。なんか、こう、個人的好みとしてはもう少し豪放磊落であって欲しい。

私は自分がなんでも当たって砕けるほうなので、よけい、理解できない。

向こうは向こうで、そんな何度となく砕けては這い上がる母親を見て育ったものだから「ああはなるまい」と自己防衛本能が極端に強く育ったのかもしれない。

私の好みを脇に置いておけば、個人の特性になにが正解ということもなく、あの優しい気配りも細かい神経があってこそのものだとも思うので、あえて矯正するつもりもない。

ただ、母は心の中で時々呟く。

「出た。。。神経質。。」

息子と親子として出会ってよかった。これが伴侶だったら私のズブズブの家事に我慢ならなくて口うるさく言われたことだろう。

「教授に言いに行ったんだけど、あ、そう。じゃ、削除しておくねって。問題の意味がわかってないんだよ」

恐ろしい恐ろしいを連発する。それでも呑気な私は、教授が気がついたならよかったじゃないと相槌をうった。

「何言ってんの?そういうことじゃないんだよ!」

流失された本人より、自分が被害者になったかのように思い詰め深いため息をつく。

思い余った息子はついに、学科所属の職員教授に相談した。

うわぁクレーマーみたいじゃんか。。そこまでやるか。

しかし、教授は私と違い息子の方を向き直して

「それ、問題じゃん、誰の何曜何限の授業?」

と細かく話を聞いてくれたらしい。そして

「新しい学科で頑張っているね。君の名前は伏せて教授全体の共有メモに重要事項として上げておくよ」

と約束してくれた。

自分の存在を知っていてくれたことと、尊敬する教授が同じ危機感を共有してくれたことですっかりうれしくなった息子は浮かれて帰ってきた。

「やっぱりこの学科にきてよかったよ、去年、頑張った甲斐があった、人生捨てたもんじゃないな」

いちいち激しい気分の上がり下がりに振り回されるこっちとしては、なんだかわからないけど、丸くおさまった、おさまったと、ホッとした。

のも、つかの間。

これらのやりとりがあって、初めての授業のあったその日。お爺さん先生は、クラスの生徒の前で、写真流失があった件、それに対して、これからは随時チェックして見知らぬデータが紛れ込んでいたら即、サイトから削除すると説明した。でも、そんなこと気にしていたら政治家など、資料のやりとりが成り立たないと少し納得しきれていないようなコメントも言った。そして、その最後にこう、付け加えたのだ。

「・・・ということで、いいかな?〇〇君」

もちろんこの〇〇は息子と夫て私達が名乗っている苗字が入る。名指しである。

これには私も驚いた。

やっとのことで乱気流から抜け出した息子はまたしても奈落の底の住人となった。

「ダメだ、クラス全員の前でまるで俺がクレーマーみたいになった。もう、生きていけない・・・」

いいことがあれば、人生捨てたもんじゃないと言い、ダメージをうけたら生きていけない。いちいち人生と結びつけんじゃあないよ。

繊細な彼の心はズタズタだろう。かわいそうでたまらない。たくさんいろんな言葉を使って慰めて元気にしてやりたい。大丈夫だよ、そんな大したことじゃないよ。時間が経ったら小さな小さな出来事だよ。

うぅぅ。抱きしめていい子いい子して、なにがあってもお母さんは味方でついてるから大丈夫だよと言ってやりたい。

「やっかいな先生だねぇ」

話を長引かせたくなくて席を立つ。

長々と聞いてやったらスッキリするかもしれないが、ますます被害者意識が強くなる。

誰がおかしかろうが、俺は間違ってなかろうが、理不尽な人も出来事も、あるんだ。

もう、これは慣れていくしかないんだよ。いっぱい傷を作って心の皮を強くしていくんだ。

「心配すんな。死ぬこと以外はかすり傷じゃ。おまえは人に愛されるヤツだ、大丈夫」

まだ9時だったが、「今日はもう寝るね」と二階に上がる。ちらりと見たらいじけてスマホを見ていた。

一人っ子にはキツイかったか。

突っ張ってつきはなしたものの、気になり階下の気配を伺っているうちに本当に眠ってしまった。

一寝入りして、目が覚めた。11時半。喉が渇いて降りていくとテレビを観ながら息子がゲラゲラ笑っていた。

よかった、笑ってる。

なんだ、笑えてるんじゃない。