お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

秋の朝と水羊羹

「おはようかん 。トラトラトラ」

早朝、夫にLINEを送る。

そう。あヤツは、今回も息子に虎屋の羊羹を持たせるのを忘れやがった。おそらくまだ、会社のデスクの下にこっそりと置かれているのだろう。

虎屋の羊羹とは、この夏、単身赴任中の夫が帰省した際、上司への土産として用意したものだ。加えて言わせていただくと、前日の一泊旅行で家族全員、疲労困憊のなか、犠牲は一人で良い・・・と正義感に燃えた私が猛暑の中をヨタヨタと買い求めに行った怨念の羊羹なのである。

羊羹は重かった。これも、付け加えさせていただきたい。

しかし、夫はタイミングと社内の雰囲気とその他諸々の事情により、現場で急遽、これを渡すのは今は的確ではないと判断した。寸前で行き場のなくなった品は今も夫のもとにある。

渡さなかったこと自体は、どうでもいいのだ。

正直、なんだよぉ、骨折り損かよぉとも一瞬思ったが、それはそれ、現場判断が一番重要だ。夫の勘がストップとなったなら、それが正しいのである。

8月末に「ごめんなぁ」と言われ「いいよいいよ、それなら次帰ってくるとき持ってきて。こっちでみんなで食べるかお裾分けするか、するからさ」と返事した。

もう9月中旬である。いや、下旬か。すでに今月の給料日がやってきたから、下旬である。

持ち帰るのを忘れた夫は、息子が遊びにきたとき帰りに持たせると言い、それも忘れてしまったのだった。

羊羹は日持ちがする。賞味期限は11月なので、戻ってきたらそれを持って、祖母がお世話になっている施設の皆さんに差し入れで持って行こうと思っていたが、ここまでくると、それもちょっとむずかしい。詰め合わせの箱には水羊羹も6つはいっている。さすがにいくら気心の知れた職員の方達でも、お月見の頃に水羊羹っていうのは、憚られる。

 

「おはよう!トンさん。今日も頑張る!」

返事が返ってきた。

・・・そうじゃなくて・・と脱力していると続けて入った。

「羊羹、10月上旬に帰るとき持ってくね!」

ニッコリマークの絵文字が長閑にこっちに向かって微笑んでいる。

「頼むよぉ。ラストチャンスです。次もし忘れたら着払いで送ってもらいますぞ」

実際に顔をつき合わせていたらきっと「もうっ。いい加減に持って帰ってきてよ」となるだろうが、これから出社するのかと思うとつい、勢いに欠ける。

「11月までだから。あんまり遅くなると友達にお裾分けもしづらくなってくるからさ」

「オッケー」

ぬわぁにがオッケーじゃ。

画面に向かいひとり、あっかんべーをする秋の朝。