やられた話 2
なにはともあれ、まず、通帳をしまう。そして、口紅をし、隣家との渡り廊下のドアを開けた。
叔父はもう、オーディオの応急処置を済ませ「俺って天才」と満足げにしていた。
アンプのヒューズが飛んでいたようで、とりあえず、アルミホイルを丸めて代用し、音が出るようにしてくれた。
「あら、早かったのね、ほら、この人、お父さん信者だから、お父さんの大事なオーディオに何かあってはと、すっ飛んで帰ってきたのよ、馬鹿でしょう」
・・・。無事に修理完了したので私にもう用は無いので強気である。
えー、だの、居てよと、大きな声で車中で話していたのを叔父も叔母も聞いていたことには気が回らないのが可愛いところというか、おばかというか・・・不思議だ。
応接間で細かいチェックをしてくれている叔父のところに挨拶がてら、顔を出す。
「ありがとうございます。・・・おばあちゃん、どうでした?」
「元気だよ。まだ死なないよ、当分」
母の話では食事もできず衰弱しきっているということだったので、ホッとする。
それから父のオーディオの操作方法を習う。
父が生きて居た頃、防音設備もしてあるこの部屋は、父の趣味の部屋であり、聖域であった。仕事から帰ってくるとまず、この部屋でジャズを聴き、じっと何かを考えたり、酔いを冷ましたりしていた。土曜も日曜も、平日の夜も、いつでも決まってここにいた。寝たきりになった晩年は静養部屋だった。
どう見ても高価そうなこのオーディオには誰も触れなかった。父の死後、偲んで音を流そうと思っても皆、使い方がわからない。唯一、晩年の父に言われた通り扱ったことのある母が、うろ覚えで一度か二度、レコードをかけたが、それっきりどうやっても音が鳴ることなくなってしまったのだった。
操作は意外とシンプルで簡単だった。
「それだけでいいの?」
「そうだよ。でもこれ、応急処置だから。これ、全部で車一台買えるくらい高いのね。だからやっぱり間に合わせじゃなくて、ちゃんとヒューズ買って直した方がいいよ。スピーカがやられると良くないし、俺もこんな高価なもの壊れても責任感じるし」
それから叔父はまた母のところに戻り、これから電気屋に行ってヒューズを買ってくると言った。
「いいわよ、今じゃなくて。音、出てるんでしょ。また今度でいいわよ」
「車で行ってくるよ」
すると、母が私に向かってこう言った。
「じゃ、あなた、一緒に乗って行きなさい、あなたが機械のこと詳しいんだから。あなたが直して欲しかったんだし、道も詳しいんだし」
えっつ。私はオーディオ機器もわからなければ、道案内もできない。直して欲しいかと聞かれて、当分使うつもりはないから私は今は別に必要ないとも言った。どうしてそうなる。
「私、わからないよ、知らないよ」
そこに息子が帰ってきた。
「じゃ、孫ちゃん、乗っていくといいわ、車の運転の勉強にもなるし」
もうめちゃくちゃである。そうこうしているうちに叔父は玄関に向かっている。
いくら何でも一人で行かせるのも。うちのためにわざわざ行ってくれるのに。
「じゃ、私、行ってくるよ」
叔父を追いかけていくその後ろから、母が叔母に
「ね。あのこ、お父さんっ子だから。なんでも首突っ込みたがるのよ」
と笑っている。
クッソ〜。
時刻はすでに6時。三茶から慌てて歩いて帰ってきたので足はガクガクしている。
今日に限って、買い物に出る前にアジフライを揚げていたのは奇蹟だ。
状況がまだ把握できていない息子に「ちょっと行ってくる。夕飯はすぐできるから」と言い残し、車に乗り込んだ。