その瞬間
昨晩はワールドカップの試合を息子と観戦した。
10時なると自動的にその日のエネルギーが切れる私にとって、これは大サービスなのである。もともとサッカーには何の興味もない。選手の名前もルールもポジションもよく知らない。ただ最近の話題で把握しているのは、急に変わった監督を迎え、格上のポルトガル相手に勝ち目のない日本が負けるわけにはいかない瀬戸際に、第1戦目から立たされているらしいということだけだ。
年末の紅白でさえフェイドアウトする私の熱のなさをよく知っている息子は
「今日は観るだろ、ワールドカップだぞ」
と朝から何度も言う。
夫はサッカー大好き男だ。
日本でワールドカップが開催された年だった。末期癌の父と、その看病で病院につきっきりで情緒不安定になっている母に振り回されつつ、まだ存命だった父の母である祖母の食事の世話とで、てんてこ舞いになりながら、息子の幼稚園をどこにしようかと、あっちの運動会、こっちの説明会と私が飛び回っているさなか、呑気に日本全国で行われている予選試合から本戦まで全て観に行ったくらい好きなのだ。知らないうちにチケットを手にいれて毎週末、観戦で家にいない。魂を持っていかれるというほど、好きなのだ。
その夫がいたら、男二人でテレビに釘付けになるのを見つつ、「じゃ、おさきに」と、どんなビッグゲームでも寝るのがいつもの私なのだ。
「今日は観るだろ。」
「仕方ない、観ないけど、いてやる、ここに」
枯れ木も山の・・とはまさにこのことだ。いないよりは、いいだろうくらいのつもりで9時にテレビの前に位置した。
すでに眠い・・・。
が、いきなり、ゴールが入った。
私にもわかる、明らかな日本の得点に思わず起き上がる。
「よっしゃぁ」
叫ぶ息子の声に私も何となくテンションが上がる。
夫は今、何処で見てるだろう。この瞬間、まだ会社か。いや、あの男がこんな日に残業をおとなしくしているわけがない。
ラインをしてみた。
「香川、ゴールしたよ!」
様子をみたが返事がない。やはり仕事中だったか。気の毒に。
「やった」
10分ほどして、いかにも、とりあえず返信しました、というような気の無い返信がきた。観ているのだ。夢中になって観ているところに話しかけるなというところのなのだろう。
息子も夢中に画面を追いかけている。私はとりあえず、得点を共に喜んだことで任務完了した気になり、また睡魔に襲われる。
同点になり、前半が終わり、後半、気がつくと寝ていたようだ。いつの間にか本田選手が走っている。
また点が入った。
「やった、やった、これは嬉しい、これは嬉しい〜」
息子が立ち上がり飛び跳ねる。
勝つわけないと思っていた私もこれはもしやと目が離せなくなった。
そのままハラハラしつつも逃げ切り、勝利の瞬間を迎えた。
「おめでとう!」
二人で握手をした。
そうだ、夫。
「良かったね。勝ったね」と打つと今度はすぐ戻ってきた。
「良かった。良かった。勝ったね。良かった。」
「ではこれより私は寝ます。どうぞインタビューなど堪能なさってください。」
日本中が忘れないであろう試合になったこの夜、私も起きていた。
その熱を見届けた。
けっこう、三人のなかで私が、この夜のことを忘れないだろう。