小さく前進、小さく快方
夕方、ふらふらと買い物に出た。昼間に風呂掃除をするついでに、自分も髪を洗ってシャワーを済ませ、スッピンの顔に、こんな時刻からファンデーションを塗るのが嫌だったので、何もつけず、そのまま出た。
どうせ誰にも会うまい。ささっと行って、ささっと帰ってこよう。
ところがこういう日に限って、幼稚園時代のママ友に遭遇する。
すれ違いざまに、お互い目が合った。一瞬、会釈だけしてするっと通り過ぎようかと思う。
「ヤダァ。元気ぃ?」
逃げるな。頭にそう浮かんだ。
「うん、久しぶり」
覚悟を決めた。
それから互いの子供の近況やアルバイトのこと、あれこれ聞かれ、私も聞く。もう、私の中に、競う気持ちも体裁を取り繕う気持ちも全くない。自分がすっぴんでやつれた顔をしていることも、もう、どうでもいい。どうとでも見てくれ。
以前のどぎまぎと愛想笑いをしながら上滑りの会話をしていた自分が、もういないことに気がつく。
「またそろそろみんなで集まるっていってたよ」
幼稚園を卒業してからも今だに毎年一回、母親達だけが集まっている。入院する前は私もよく参加していたが、鬱になった頃から一切顔を出していない。
あぁ。そろそろ行けるかもしれない。今の私なら、こなせるかもしれない。
そのまんまの自分で言って、楽しめるか、リトマス試験紙のように試してみようか。
どう思われてもいい。行けばいいだけだ。できる気がする。今なら。
「そう、楽しみだね」
それでも絶対行くわとは言わなかった。
彼女と別れてスーパーで買い物をしていても、そのことがずっと頭から離れない。
いけるか。やれるか。やっぱりやめようか。いやいや、できるんじゃないか。
そして重い荷物をぶら下げながら帰る道すがら、思った。
彼女と会った時、一瞬、逃げようかと思ったのがやっと立ち話ができるようになったところなんだ。今はまだ。
飲み会に行こうかなと前向きに迷うようになったくらいには前進しているが、まだそこまで。
嫌だ、いきたくない、行かない、から、行こうかな、どうしようかな、やっぱりやめよう。
小さく小さくだけどいい方向に向かってはいるようだ。
無理するのはやめよう。
行かないと決めたら気持ちが楽になった。ほら、やっぱり。
でも。
屈託無く立ち話が楽しめた。