お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

101歳は101歳なりに、77は77なりに、49もそれなりに。

母と祖母のところに行く。

最寄りの駅で昼ご飯を食べ、施設に着くと祖母は昼寝をしていた。

このところ食が弱り、足腰も前ほどピンシャンしなくなってきたと心配されているが、ツヤツヤとした肌と深い呼吸のしっかりとした寝息に「まだ当分大丈夫」と安心する。

101歳の年齢を周囲のスタッフがかばって昼寝をしろと言ってくれても、広場でみんなと一緒に過ごしたいので「眠くない」と言い張り、自分の部屋に行きたがらないのは、まるで、お兄ちゃんお姉ちゃんはまだ起きてテレビを見ているのに、先に寝ろと言われた末っ子のようでかわいい。

その祖母がこうして眠っているということは、やはりそれなりに100歳を超えた老人らしくなってきているのだろう。

俳句帳の本を手に、読みかけのまま眠ったようだった。

静かな部屋に祖母の規則正しい寝息が響く。

「このまま寝かしておこうよ」

無理に起こさずこのまま帰ろうと母に言うと

「じゃ、二子玉寄れるね」

と、こちらの老人も嬉しそうにはしゃぐ。

「だってせっかく早く終わったんだから、いいでしょ」

最近、こういうとき、とことん彼女に付き合うようにしている。今日も、どんな流れになるかわからないぞと、あらかじめ息子に言って出てきた。

「今日、何時になるか読めないから、鍵、持って行ってね」

「どこ行くの」

「曾おばあちゃんとこ。だけど、おばあちゃんウィズなので、そのあと、お茶したりなんだりあったら付き合うから」

「お、なるほど」

施設を出てまず引っかかったのは駅の中の300円ショップ。私が手に取るものをいちいち覗きにきては「それ、なに?・・へえ。私も買う」と言って自分もカゴに入れる。

次に本屋。

「『大家さんと僕』って本、あるかしら」

店員に聞かず、私に聞く。コミックのところを一緒に探したが見つからない。

「ダメだわ、テレビで言ってたからすぐ売り切れたのよ、きっと。いいわ」

店員さんに聞いてみようと言うと、私は聞かなくてもいいと言う。欲しいんでしょ?と確認すると、欲しいけどいいと言う。

私が店員さんに在庫があるかと言いにレジに向かうと、スーッと離れて他人のふりをする。やっと最後の一冊を見つけ、お礼を言っていると、またスーッと寄ってきて、それを持って済ました顔でレジに行く。

「嬉しい。電車の中で読んで帰ろう」

やれやれ。これを読みながらまっすぐ家まで帰るのだなとホッとしていると、そうはいかなかった。

二子玉川はなくなったの?」

・・・行きましょう。行きましょう。

なにを買いたいものがあるわけではない。ただ、ふわふわと歩きたいのだ。二子玉川の駅前のショッピングセンターを。ぐるっと一周すれば気がすむのだ。

途中下車して、ぐるっとし、母は帰ったらすぐ食事の支度をしなくても食べられるように惣菜を買うよう勧め、地下食料品売り場に連れて行く。

「あなたのうちにも何か買わせてよ」

サラダ売り場で、グラム450円もする海鮮サラダを買ってもらった。100グラムもあれば十分だと言うのに「そんなの、これっぽっちにもならないわよ」と自分の手をゲンコにぎゅうっと握って見せ、「200グラム、二つに分けて作って」と頼んでくれた。

さあ。帰れるぞ。

「お茶、しない?」

・・・しましょうしましょう。するとも!

デパートの地下の隅にあるティールームで私はアイスレモンティ、母はフルーツティを注文した。

「ここ、奢るからね」

「ごちそうさまです」

施設を出たのが2時。まっすぐ帰れば、3時には家にいた。祖母が昼寝をしていなくていつものようにおしゃべりをしてから帰ってきたとしても、6時には家にいるところが、この時点ですでに6時半を回っていた。

そんな時間を全く気にもせず、嬉しそうにあれこれと喋り続ける母の話を聞きながら思うのであった。

あぁ、もうそんなトシになったということか。母も。私も。