お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

堕落のカレー

朝からカレーを作っている。

カレーを作り始めたのは高校の頃。あの頃が一番こだわって作っていたように思う。本に書いて合ったようにタマネギを飽きることなく延々と炒め、アクが出てくるのを待ち構えては掬う。ナツメグコリアンダー、クミン、鍋につきっきりで寸胴鍋にこしらえた。

自分の誕生日には友人を招き、学校帰りに集まってみんなで食べた。

美味しい美味しいと言ってもらうのを間に受けて、私はカレーだけは上手に作れると自慢だった。

主婦になるとカレーは救世主的存在になった。

疲れるとカレー。

献立に困るとカレー。

息子の友達がくるとカレー。

給料日前になってくるとカレー。

食べさせる相手が変わると好まれる味や粘度も変わる。

実家ではヒリヒリすればするほど「本格的だ」と喜ばれ、友人達は中辛を好み、ご飯にサフランを炊き合わせるとオシャレだと盛り上がった。

結婚して一番最初にカレーを作って出した時、夫のスプーンの進みが遅い。何も言わないで完食はしたが、おかわりはいらないと言われた。次にカレーを作ってもそうだった。

この人、それほど好きじゃないのかな。

カレーさえ出せばみんなが機嫌良くなると思っていたので不思議だったが、そうじゃないんだなと思い、あまり作らなくなった。

ところがファミリーレストランに行くと「僕、カレーとハンバーグ」という。蕎麦屋でも「カレーうどんと、ざる」と注文する。

もしかしたら、私が作るものに何か問題があるのでは。

思えばこれまで、箱の裏面をさっと流し読みしてあとは、母に教えてもらいながら適当に作ってきた。いわゆるウチの味が彼の口には合わないのかもしれない。

「ごちそうさま」

またおかわりをしない。うーむ。

「ね、美味しくなかった?」

「いや、美味しかったよ」

でもお代わりしないじゃん。と言えたら可愛かったのだろう。が、それが言えない。

その謎が解けたのは息子生まれてからのずっと後になってからだった。

初めてのカレー。この子は好きかしら。あまり辛いと刺激が強いからリンゴを擦って最後に入れよう。

私の人生初の、甘い甘いカレーができがった。人参は摩り下ろし、ハチミツで柔らかくした鶏肉が入ったそれにはスパイシーさのかけらもない、香りだけカレー。

これに食いつき、お代わりお代わりと2度もおかわりをしたのは、まさかの夫だった。

「こっちのカレー美味しいねぇ。食べちゃっていい?」

大人用に中辛の鍋と息子用の鍋に二種類用意したが、息子用のものを平らげた。

彼は甘口カレーが好きなのだった。

それから我が家のカレーは甘口が定番となった。

一度、それを食べた姉からは「あなたも堕落したわね、これはカレーとは言わない」と言われたが、夫はこれさえ作ると大喜びだった。

 

朝から丹念にアクをすくい、鍋を回す。

クミンだのコリアンダーだの入れているのは私の自己満足であって、夫にはほとんど必要ない。入れなくても喜ぶ。

ぐるぐるぐるぐる。グツグツグツグツ。ぐるぐる。ぺろっ。

舐めてみよ。まだ辛い。

最近は息子の方が中辛にしてくれと言う。

最後にりんごの擦ったのを入れて混ぜて、また舐める。

よし。できた。

夫が喜ぶ「堕落のカレー」。