臭いセリフを言いました
息子は落ち着きを取り戻した。今日は夏の課題の資料を探しに街に出かけた。
あれこれ悪い妄想をしては、どうしようどうしようと言うので、ついに
「どんな恐ろしいことが起きても、何があっても、お母さんがついてるから大丈夫。世界中を敵に回しても守ってあげるから。私に怖いものはない!大丈夫!」
と言った。
これが、効いた。
この騒動が持ち上がってから、18歳にもなって「お母さんが」もないだろうと言っていなかった。だいたい、そんなこと、これまでの親子関係で判りまくってる大前提で、何の解決策にもならない。そう思って、口にしていなかったが、意外とこれがすっと、彼を落ち着かせた。
理屈で、ああしたら、こう考えたら、と現実的なことを言うより、「とにかく味方だ。全力で守ってあげるから大丈夫」といった次元を超えたメッセージが、こんなにあっさり彼の心に響くとは、少し驚いた。
小学生の時に、クラスの友達と何か揉めたり、初めてのことに立ち向う時、私はこの言葉をちゃんとまっすぐ伝えてきただろうか。
自分の体調の悪さと、それでも精一杯やっているのだからわかってくれているだろうという甘えと、油断と、傲慢さと、照れで、飛ばしてきたような気もする。
心も体もギリギリだったためか、あの頃の記憶がごそっと抜け落ちている。思い出せない。
「何があっても、絶対、守ってあげる」
大学一年生が、部活の退部に手こずっているくらいのこと。それを言うほどのことだろうか。過保護だ。いつまでも「お母さんどうしよう」と情けない男になりはしないか。
でも。これからは、言おう。もったいつけず、いつでも言おう。
お母さんはどんなときでも君の味方。何をしでかそうと、絶対見捨てない。
たっぷり聞かされて、安心した人はやがて、大きく冒険すると思う。
私は足場。崩れない足場だよ。
ラスト2年で成人。
いや。ずっと、味方は味方。