ただの毎日の中で。専業主婦の 平和すぎる日常

自分の思っていること、ちょっと引っかかったこと。誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

奇跡

昨日の夜、私にとって小さな、いや、大きな革命が起きた。

夫と息子に自分の抱える母への葛藤を具体的に話した。

ことの発端は、そこまで話すつもりではなかったのだが、私の体型のことからだった。

今、私の体重はじわじわ減り続け、ついに倒れて入院した時と同じになってしまった。

あの頃と違うのは、毎日家事も散歩もできていること。階段を昇れること。今すぐ、倒れるとは思えない。

この年齢になってくると、極度の痩せすぎというのは長生きできないと、焦る。病院の先生は血液検査は問題ないので「まぁ、そのうちに」とあまり、真剣にはなってくれないが、本人は結構、問題意識を持っているのだ。

そこで息子に相談した。

「もしさ、一週間とか一ヶ月とか、わかんないけど、体重を増やすために入院させてくれるところがあったら、行ってもいい?」

そこからいろんな話が広がった。

母に「そんな姿で孫君のそばを歩いたら、友達に会ったりもするだろうし、あの子がかわいそう」と言われ、私は高校、中学も退院してから、息子の学校に行く時もできるだけ、私個人と息子が結びつかないよう、最新の注意を払ったこと。太ろうとしても「中年になって太るとブクブク変な太り方しかしないからね」と言われると、どうしたらいいのかわからなくなること。息子は一人っ子だから、とにかく元気で長生きしていたいこと。震災や家族の介護の時に、底力が欲しいこと。

夫も途中から話に加わった。

「とにかく、見た目をばあちゃんは色々いうけど、全く関係ない。健康が一番大事で、うまく太れなくても、ガリガリでも、母ちゃんが元気でいればそれでいいんだ」

そして、鋭くこう言った。

「母ちゃん、ばあちゃんに洗脳されてるな。ばあちゃんの言ってることは世間体じゃんか。俺たちがいいって言ってんだからいいんだよ」

洗脳という言葉が強烈に響いた。

「俺の今読んでる本の人が言ってるんだけど、人のいうことなんて、所詮、一人の人間の考えなだけで、世界にはありとあらゆる人間がいるって。俺、そうだなって思って、不安になったり迷ったりすると、自分が信頼してる人、あの先生だったらなんて言ってくれるだろうとか、あの人だったらきっとこう言ってくれるって考えて、ま、いいかって安心するようにしてるんだ。・・・・で、ただいまぁって帰ってくるわけ」

母の言葉や感情にこだわっているのは私なのだ。

そうじゃない、俺たちがいるだろう。俺たちがいいって言えば、いいんだよ、今のままで。元気になるならそのための入院なら応援するけど、今の母ちゃんでもいいんだぜ。

夫もウンウンと頷いてくれる。

「失敗してもいいから、やってみようと思うことをやって、ダメなら、あ、違った〜と言ってすぐやめていい」

息子が兄に見えた。

どう転んでもいいと、真正面から誰かに言われたのは初めてだった。

今、私の中の闇を家族が共有している。

フラット。

現状は何も変わってないけれど、何かが変わった。

家族の形も、私の心も。

神様、ありがとう。

真面目に投げ出さず、生きます。