お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

100歳のおばあちゃんと48の私の冒険 3

上と下と、二重ロックになっている鍵を二つ、開け、重いガラス戸を横に動かす。台風一過の乾いた風がふわっと入って来た。

「ほら、行こう」

「あらあら、この窓、開くのね」

ベランダはこの建物をぐるりと囲むようについていて、胸より高い丈夫な柵がついている。基本的に家族が一緒であればここだけでなく外出は許されている。これまでは母に「何かあったらあなたに責任取れないんだから、部屋の中だけしなさい」と言われ、それを守っていたが、どう考えても、このベランダを付き添って歩くくらいいいだろう。私の一存で、連れ出した。

ベランダに立った祖母は一歩二歩、三歩、トトトトトッと手すりに向かって進んで行った。そして、初めて子供がオンモに出た子供のように、確かめるように手すりに掴まりながら歩きはじめた。また、風が吹く。白い髪の毛をさわさわっと撫でた。

目をつぶって、じっとする。

「外の風、気持ちいいね」

「うん」

さっきまで補聴器をつけているのに、会話にならなかったのが、弾む声で返事をして来た。

立ち止まり、今度は手すりに向かい、背伸びして、下を覗く。

せつない。お外をのぞき込んでいる祖母が切ない。

道路を走っていく車、向かいの竹林、遠くに見える大山、電線、中学校、民家の庭になっている夏みかんと柿。一つ一つ、指差しながら、私に、あれは、これはと教える。

「おばあちゃん、ここからあの柿の実が見えるの?」

「見えますよぅ、耳はダメでも、目はまだまだしっかりしてるだ」

戻ろうか。まだもう少し。しばらく二人並んで、上から下を眺め風に吹かれた。

「あ〜おもしろかった!」

「冒険したねぇ」

部屋に戻り、ベッドになだれ込む。ブドウと水を口に入れ、横にならせた。

「ダメねぇ、足が鈍っているわ。こんなに歩けなくなっているとは思わなかった。」

そう笑う祖母はもう、脳の回路が繋がって声が張っていた。

ついたり消えたり。繋がったり、離れたり。

100歳の頭の中のシナプスは点滅をしつつ、まだ灯っている。