ただの毎日の中で。専業主婦の平和すぎる日常

自分の思っていること、ちょっと引っかかったこと。誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

また、わけのわからないことを言い出しました・・part2

目から鱗ってこういうのを言うのかもなぁ。

私が母を苦手とするのは、もうしつこいくらいここで書いてきた。

あんまり何度も黒い感情を発表しちゃったからか、そういう時期がきたのか、最近は「めんどくさい、でも馬鹿みたいに愛情深い、でも、頑固で自己中心で、体裁をとても気にする、ただのおばさん」というところに落ち着いてきた。

できることなら、別々に行動したい。世間に向けて自慢にならない次女は彼女自身のコンプレックスなのだ。どうにか強制したい。今でも諦めきれないから、つい、言葉に出てしまう。それが私の心をえぐる。永久に存在を否定される気がして心が病んでくる。もう大丈夫と、自分に言い聞かせて近づくが、大抵、後悔する。

いつからだろう、心を全開しなくなった。

言葉も態度も頭のどこかで慎重に選ぶ。どこか事務的。そんな自分が悲しい。

姉に対しても相変わらず。

お姉さんだから。お母さんだから。かつてはみんなで一緒に楽しくおしゃべりした間だから。割り切ったつもりでいても、その記憶をどこかで後生大事にしている。

目から鱗の話。

日曜の朝やっている「僕らの時代」と言う番組の中で、作家の山下澄人さんがこんな内容のことを言っていた。

「子供の頃、親から言われた言葉が今でも重く残っている。よく考えたら、相手はその当時、30そこそこの奴なのに。30そこそこが、親というだけで、わかった風に言ってただけなんだけど、こっちは、それをものすごく重要に受け止める。」

びっくりした。

確かに。私が恐れてきたのは30代から40代にかけての母の残影かもしれない。

今だに、彼女が私に向かって言う言葉にいちいち、おどおどビクビクするのは、その発言者が母だからだ。それは間違いない。もう、とっくに気がついていた。これが、全くの他人のおばさんだったら、ここまでその人からの批評を気にしない。

信者のように母の感覚、基準、評価、好みにすがってきたが、その大元になっている記憶は若干30代、40代、今の私より年下のまだ未熟な人間の言葉。当時の彼女が信じる彼女なりの真実なだけなのに。いつまでしゃぶっているんだろう。私は。

引きずっているだけなんだ。

そこの鎖を外せないでいる。

自由になりたい。

なればいい。外せばいい。そんな鎖。

鎖を外さなかったのは、怖かったから。私の、私自身の責任。

基準がなくなると、一人っきり。自分が正しいか、これでいいのか、それを確かめる物差しがない中、生きていくのが怖かったから、とりあえずしがみ続けた。

新しい何かがあるはず。

じゃあ、誰の言葉を信じるか、どこに本当の答えがあるのか。ずっと探していた。

いろんな本を読んだ。

答えを求めて求めて求めた。

その本を書いた人だって、ただの人。

母もただの人。優秀な姉も、ただの人。

私と同じくらいかどうかとか、どっちが上とか下とか、そういうことじゃない。

みんな、本当にみんな、全部、役割が違う、意味を持っている、人。

 

目隠しをして暗闇を歩くようで怖いけど、絶対、大丈夫なはず。

もう、ここからは、自分の勘を頼りに、私の中の神様の囁きを頼りに生きよう。

自由ってそういうこと。

自由って怖い。

自由って、でも、ワクワクする。

スリルがあるけど魅力がある。