お気楽日和

誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

妥協しない

息子がアルバイトを始めようとしている。

お金が足りないらしい。

学校が月曜から木曜まで朝一限から、夜8時過ぎまで。帰宅はたいてい9時過ぎる。

水曜日だけは例外で2時半に終わり、6時前には帰宅できる。月曜の部活動がそこに加わるので、働ける日時は限られてくる。

コンビニやファストフードなら、一時間から、週一回でも雇ってくれるらしいので、そうすればいいのにと思うのだが、本人はやりたい仕事じゃないと嫌なそうだ。

大学の進路を決める時もそうだった。

先生に「どこそこ大学のなんとか学部なら推薦で決められるぞと」、囁かれても、「そこに行ってもやりたいことじゃないから入ってから楽しくない」と、断った。

だからと言って、選んだ今の学部がさぞかし優秀なところかといえば、そうでもない。どちらかといえば推薦で決めた方がネームバリューに関しては上だったと思う。母としては「もういじゃん、確かな方に決めちゃってくれぇ。聞こえもいいしさ。」と三者面談の時に叫びたかった。

今度のアルバイト。

彼はどこまでも妥協しない。やりたかった鉄道関係の仕事を見つけてきた。週三回、もしくは土日の八時間勤務。家から一時間かけて行くという。

「学生には相談に乗るって書いてあるから、とりあえずエントリーして、こっちの条件を言ってみる。人柄は自信あるから時間さえ都合がついたら大丈夫だと思うんだよね」

おお。この完全自分肯定感。私は暇な大学生だったけれど、仕事がわからなかったらどうしようとか、人間関係はとか、そういった不安で尻込みして、なかなか踏み出せなかった。

彼の基準は自分のワクワク感。確かにどんなにきつくても、やりたいことなら懸命にやる。

が、その反面、嫌なことは見事に切ってしまう。

高校の時、理数系が苦手な息子は物理は捨てていた。一切勉強していなかった。数学も1点をもらってきたときはさすがにしょげていたが、その後も結局変わらなかった。

幼稚園からそうだった。数カ所見学に連れて行くと、自分の行きたいところを自分で決めた。小学校受験は、みんなと同じ小学校に行くと言って、しないと言い、小学校4年生になったとき、突然、塾に行くと言い出し、小五で受験すると宣言した。受験校も塾の先生と自分で決めてきた。もう、親は後からついていくばかり。

あ、ここで決して誤解しないでいただきたいのは、だからと言って成績優秀でもなく、ガリ勉するでもない。さえない順位で塾のクラスを上がったり下がったりして、私はハラハラ。そして小六の夏、突然、漫画をダンボールに封印した。そこから猛勉強が始まり、なんとか私立に滑り込んだ。

彼なりに何か考えているのだ。

それは4歳のときから知っていた。私がイニシアチブなど握れない。何か決めて生きている。嫌なことはしない。ハマったらとことんやる。

私は違った。嫌なことでも周りが悲しむかもしれないとか、しんどそうとか、いろんな理由をつけて、自分の一番したいことと違う道をいつも進んだ。流れに流されまくってここまでたどり着いたこの私から、どうしてこんなに意思を曲げない男が生まれたのだろう。

今、大学に入って息子は初めて毎晩徹夜して課題に取り組んでいる。おわらねぇおわらねぇと言いながら、これまでの人生で一番勉強を楽しそうにしている。

直感と好きとワクワクに妥協せず駒を進めるとこうなるのか。

アルバイトは相当言いたい放題の条件を言っているので難しいかもしれない。でもやっぱり私にアドバイスなどできない。

そばで、ワクワク劇場をハラハラドキドキしながら観戦するばかりの母である。