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ただの毎日の中で。専業主婦の平和すぎる日常

自分の思っていること、ちょっと引っかかったこと。誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

振り払い、前進。ただ、前進。

この四、五日、時刻より先に行っている、といった感じの毎日だった。やらなくちゃいけないとこと、やっておきたいこと、日々のこと、合間合間に挟まってくる母からのお説教とダメだし。

 

今回の件で一つ、抜けられそうかもしれないと思ったこと。

私はずっと母が恐怖で、今も逃げている。

接触すると、翌日、熱を出す。本当に申し訳ない。

墓参りや、夫の送別会を開くからいらっしゃいとか、この数日、密接な時間が多い。以前の私なら、またしゃかりきになって走り回り、自滅仕掛けているところだ。

不思議な変化に気がついた。

以前、私が倒れた時は、認められたくて、ただ、一人の成人として扱われたくて、働き、気を使い、全てにおいて、落ち度がないよう気を張り詰めていた。怒られれば、機嫌がなおるまで様子を見て、批判されれば、すぐ、言われた通りにやり直す。それは、終わりがないサイクルなので、常に突っ込まれないよう、細心の注意を払っていた。

毎日苦しかったよ。

実家天国ってどこだよ。よく、一人で泣いた。ジメッと。悲劇の主人公で。

あるところで、ピッと線引きをすればよかったのだけど、怖くてできなかった。だって、本当に言葉の暴力のダメージったらないっすよ。血縁からのってのは。実母ってのは。

 

今は頭の中に単身赴任の準備という課題がどっかりと締めているので、母とのやりとりにいちいち、打ちひしがれている時間がもったいないというのもあるけれど、私はもう母にすがっていない。

どうも、そんな気がする。

振り切って振り切って前に進む。

夢中になって前に進んでいると、母の言ってくることやってくることが、時として邪魔くさい。

嫌な顔をしたり、困った顔をしたり、「大丈夫だから」と言ったり。

これらが気がつくと自然にできていた。まぁ、それっぽっちで敵も簡単に引き下がらない。むしろ、激情し、友人に電話をし私の悪口を言い、姉に言い、また、いとこに電話し悪口を言い、そしてラスト、また私に言いに来る。今度は自分がいかに傷ついたかと泣きながら。

タフなのだ。

でも、それくらい強烈な人だということは、多少、振り払ったところでへこたれないのだ。そこにやっと気がついた。

本当、今頃、なんだよ、48にもなってだが。

今でも、彼女に荒い態度をとった後、どよんと落ち込む。

が、前に前に。今は前に。

ふっと力の抜けた瞬間、純粋に感謝の念が浮かぶ。でも、もう、そのままでいい。期待に応えない。理解されようとしない。むしろ、生意気な娘と思ってもらいたい。

責任をあちこちとろうとするのは自分の保身のためだった。

もう、いいや。もう、私が私を承認すれば。私の生きる道を私が承認していれば。迷っても迷っても、自分で梶をとる。

 

人はそうやって生きていくものなのだろうか。