ただの毎日の中で。専業主婦の 平和すぎる日常

自分の思っていること、ちょっと引っかかったこと。誰かに手紙を書く気持ちで、事件性のない平凡な毎日を切り取ってみようと思います。

宇宙に叫ぶ。私に届け

私は私のシナリオ通りに生きている

人の体験談に揺れ動かないで

そのままそのまま。そのまま進んで

色々心配しないでいいんだよ

自分に。自分に言い聞かせてる。小学生の頃、あんなに気が強くてあんなに元気であんなにまっすぐだった私にしがみつくのはもうやめよう。私は、今。

私は今、ここでこうやってる私しかいな い。過去からの私がロープのように繋がっているのではなく、瞬間の私しかいないのだ。

記憶を辿ってみて、懐かしがって昔の自分に会いに行っても、そこに私はいない。

妄想の中の子供だよ。それは。

私のいま目の前のもの。それが私のそのまま。毎日、毎瞬ちょっとづつ何かが違う私がいる。

だから怖がらなくていい。これから自分を塗り替えて行くのではないんだよ。

新しい私が毎瞬生まれてきてるの。まっさらな。まっさらな私が。

ポコポコポコポコ。

怖がらないで大丈夫。

怖くない。

第二部のシナリオについて神様への伝言

過去は記憶。

未来は予想。

過去はない。未来もない。

私は誰だ。

身体?心?精神?

何か違う気がする。

命。

私の身体と心と精神と魂の中に宿るエネルギー体のようなもの。

この体に入って、この心で、頭で、魂で、こういう人生を送るんだってシナリオ作って

「じゃ、行って来るね」

って神様に手を降って

しゅんって入ったエネルギー。

 

今、過去の傷と喜びと経験を自分のものと思っているのは、あれは本当のことだったっけ。

その日その日によって思い出される過去への記憶が切なかったり、甘いものだったりするのは・・・

未来が希望に満ちて思える日と、あぁもうだめだって思う日があるのは・・・

もしかしたら

毎晩毎晩、眠りについている時に

シュッと命の私が抜けて、神様のところに戻ってシナリオをちょっと書き換えてくるのかもしれない。

うっすらと体の私が頭の中で「私ってかわいそう」と思ったら「あれ、そうしたいのかな、そういう設定だったっけ、この人生」って思って、修正しに行くのかも。

だから、寝る前に言う。

「今日もいちにちありがとう。ハッピーエンドのシナリオでお願いします。明日もいい日にしてください」

バカみたいでしょ。

誰にも言えない、こんなこと。でも、なんかそんな気がするのです。最近。

 

神様に伝えてください。

悲劇のヒロインのドラマは嫌です。

かわいそうな私ってやつ、もういいです。

後半は、変な味のある、バカ丸出しの、能天気の幸せ者がいいです。

よろしくお願いします。

 

足を離せず朝

おはようございます・・・。

・・・寝不足です。

昨夜、寝ていると、足をつりそうな気配がして目が覚めました。あの、これからくるっていう直前の、筋が固まり始める薄痛い違和感。一部が硬直し始めている感じ。

寝ぼけながら、右手で左足のつま先を反らせ、足の指を広げるとじわっととける。ホッとして眠りに落ち手から力が抜ける。また、つりはじめる足。また、握る手。ほぐれる足。眠りに戻ろうとする脳。ゆるむ手。固まり始める足。

この連鎖を明け方まで繰り返しました。

気がついたら朝でした。どこで眠りに落ちたのかわからない。

足はもう治っていました。

 

それだけ。誰かに言いたかった、夜中の事件。

今夜も熱帯夜だそうです。皆様もお大事になさってください。

今日は猫

台風が来るからと、急いで買い物に行って、カレーを作ってしまったけれど、雨は降らなかった。どうやら、東京はもう、過ぎて行ったようだった。

11時の段階で家事は終わっていた。

まず、寝る。

録画していたドラマを見る。

YouTubeで「あとで見る」に入れておいた、ラジオ番組を聴く。

寝る。

お絵かきアプリの無料でいいのを見つけ、3つ入れておいたのを試す。一つ、気に入った。お遊びおもちゃ箱用のもの、もう一つ発見。早起きして動き回ってヘロヘロなのに、また、つい夢中になる。気がつくとゴロゴロしながら2時間もやっていた。

あんまりこれにハマりすぎると、すぐ熱が冷めてしまうかも、と思って、もう少しやりたいくらいの余韻のあるところでやめる。私は何事も一気にやってしまう。主婦でなければそれでいい。もしくは体力いっぱいの人ならば。

夢中になって集中しすぎると、疲れ具合がわからないままやり続けてしまう。

すると家族が帰ってきた時に主婦として、母としての対応が低下する。話をいい加減に聞くとか。冷蔵庫から醤油を持って来るのすら面倒になって横着するとか。

さっき買い物に行った時に見つけたカールを母に持って行ってやる。

母はこれが異常なほど好き。夫がお盆休みで帰って来る時に関西だから買って来るように言ってくれとまで言う。見つけてよかった。頼まずに済んだ。

胸の前でお祈りのように腕を組み「アラァ、嬉しい、どこにあったの?」と喜んだ。

買ったお店と、そのお店のどの辺か教えて「まだたくさんあったから、もっと欲しいなら買いだめしといたら」と言う。そのことには返事をせず私の顔を見て

「なんか顔がげっそり細くなってる、このへん、こことか。人並みじゃないんだから。お姉さんみたいになんでも自分ができると思いなさんな。みんなの迷惑よ。自己管理してください。もう、いやよ」

と言われた。これは愛情表現なのだ、私のことを心配しているのだと脳内変換する。

ふふ。なんだかんだ言っても私のこと、愛しているのね。

二階に上がる。昼寝をしよう。ベッドに寝っ転がり、昨日届いた本を読む。

また、ぐっと引き込まれて半分ほど読み進め、お、いかんいかん、と目をつぶった。

寝るつもりが、眠れない。疲れているのに眠れない。

dtvをつけてみた。新着おすすめ。「民王」の番外編。内容も知らないが高橋一生さんがにっこり微笑んでいるので音だけ・・声だけ・・と思っていたのに、面白くて3話まで見る。高橋一生さんって素敵。他に高橋一生さんで検索して・・・おっといかん。

目を瞑る。

蝉の声が聞こえる。

虫に声、という表現をするのは日本くらいだって読んだな。外国の人たちはnoiseと表現するから、いくら説明してもメルヘンだと笑うと書いてあった。日本人は虫が何を言っているのだろう、何を思うのだろうと、小さな生き物にも心を見るからだと著者は言っていた。俳句の世界もそうだし日本画でもそうだなぁ。

 

やっと眠くなってきたところで息子が帰宅。

ベッドで寝っ転がってる私を見て「よく休めたか」という。

思わず「うん」と言う。

まるで「ちゃんと一人でお勉強してた?」と母に聞かれ、「うん」と答えた昔の私のよう。

 

今日は猫のような一日。 

 空っぽの一日をなぁんにも考えず、思いつくまま無意味に過ごした。

いいなぁ。こういうのも。

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大丈夫ってこと

昨日、iPadをあれこれいじって、使っていなかったアプリを「これ、何、入れてたっけ」と開くと、過去の私が書いた文章がたくさんでてきた。

心の叫び。

叫んでいた。

一番精神的に行き詰まっていたときに、どうしようもない自分の思いをぶつけていた。

読んでいて、辛かった。

その時の自分が気の毒になった。

かわいそうに・・つらそうだなぁ。

青臭く、小さな迷路の中でぐるぐるぐるぐる、走り回るネズミのように、小さな頭の中で必死に助けを求めている。

恥ずかしい。

見てられない。

 

もう、私はそこにいない。そこで泣いてる私が訴えていることは、今の私は問題だと思っていないから、現状は変わっていないのに、悲しみはない。

あまりに恥ずかしいから、書いたもの、全部削除しようかと思ったけれど、残した。

時間が経てば、あんなに「死にたい」と本気で思ったことも「過去」になるんだってことを自分に伝えるため。

今の私にとって、泣き叫びたい心を書いていた二年前の私は、よく知っている友達みたい。

今の不満や辛さも、きっと過去になる。毎日毎日、過去になる。

大丈夫ってことを自分に伝えるため、残した。

お遊びの道具

f:id:ikuko-0307:20170807151051j:plain昨日、一日かけて遊んで、やっとこれ。

自分新聞作っていて、先日、ユニクロで黒い綿のワンピースを500円でゲットしたことを書き込んでいるうちに、落書き入れたいなぁ・・と思い、iPadのアプリから連携させてみようと思いついたものの、そんな簡単なものじゃなかった。

液晶画面にペンで描けるアプリを探してやってみたものの、それぞれ微妙に使い勝手が違う。

文字入力に向いているもの、写真を取り込んでそこに矢印や注釈を記入できるもの、お絵かき専用無料アプリっていうのは見つけられず、アイディアをスケッチするという目的のものにたどり着いた。

ペンと液晶っていうのは難しい。「あー、もうっ」って思いながら、描いた線を消して、またつなげて。

iPad Pro欲しい。あの、ペン。。

 

昨日の午後半分使って、やっとこれ。疲れ果てて終わった。

でもまた面白いおもちゃ発見。

一瞬でも夢中になれるものを、数種類持っておくと、いい。

 

 

質じゃない。

夢中が大事。

 

シンプルにシンプルになろっと・・これからは・・できるだけ

息子は結局眠り続け、今朝の4時に私の枕元に立ち、「頭痛治った。これからお風呂はいる。何か食べるものある?」と言いました。

よかった。一瞬のぐらつき、そして日常が戻る。

よかったと、心がほぐれ穏やかな気持ちになっているのとは裏腹に、「大丈夫?」「よかったね」と、言わないんだな、私。

朝食を出して、湯気でモワモワと熱気を帯びた浴室を洗っているときに気がつきました。

「よかったぁ。安心したよ。今日も気をつけてね」

そう言ってあげれば一番わかりやすくて、相手も心がほぐれるだろうに。

「今日だけは水じゃなくてポカリ、飲んでね」

「バイト先の人が飲みすぎると糖尿病になるって言っても、それはこういう場合は当てはまらないから。昨日だってご飯食べてないし、カロリー的にも、500ml一本、ご飯一膳より少ないんだから。飲みなさいよ。」

と、言う。

息子もいつも何も言わない私が口うるさいので、これは真剣に言ってるのだなと察知して「へぇへぇ」と受け取る。

息子がまた不調になって、また、自分の心がざわざわしないように、言っているのかもしれない。私。

「ま、とにかく今日も楽しんでくるよ」

そう言って家を出て行く息子の方が、生きるってこと、うまいのかもしれない。